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ヴァン・テスタロッサ

 Side 谷村 亮太郎


 =夜・大阪府内某所、財団が所有する屋敷にて=


 大阪府某所。

 上流階級が住みそうな大きな屋敷。

 周辺には武装した警備員が常駐。

 ある種の治外法権と化していた。


 その屋敷の執務室。

 そこにいたのは十代半ばの青年だった。

 背が高く、茶色い髪の毛のショートヘアーで整った顔立ち。

 気品溢れる佇まいで、普通の人間ならひれ伏してしまいそうなオーラを周囲に振りまいている。

 

「その様子だと完全に目覚めているようだね、亮太郎」


 と、屋敷の主であるヴァン・テスタロッサが谷村 亮太郎に尋ねる。


「その様子だと君も目覚めてしまったようだね……まあ、これから戦う相手を考えれば戦力は多ければ多いほどいいのだけども。世界大戦を引き起こしそうな人物となると素直に喜べないね」


「それで構わない。だが君は私を殺せない。それが一つの回答だと認識している」


「宇宙人の襲来。それも再襲来は決定事項だ。この一分後に来たとしても私は驚かないよ」


「ガーディアンズのX長官とも会った。私は支援の手を惜しまない。だが施しだけで人々は真の意味で救えない」


「そう言うところが怖いと言ってるんだけどね。金持ちは金持ちらしく金持ちとして生きても罰は当たらないと思うんだけど」


「そう言う君だからこそ私は君を受け入れたい。単刀直入に言おう。私はフロンティアプランを受け入れるつもりはない。そのためなら世界を敵にだって回せる」


 フロンティアプラン。

 日本政府が計画した異世界への人類脱出プラン。

 もしも宇宙人が攻めてきても異世界に脱出してでも人類を存続すればいいと言う考えだ。

 

「このフロンティアプランは必要悪だと言う。だが必要悪だと言って他者だけでなく己自身までも欺き、自分が悪くない、他人もやってるから悪くないと言う考えが浸透した結果、どうなるかは考えるまでもない」


 つまり地球全ての国家が昭和の特撮に出て来る悪の侵略帝国に成り果てるとヴァンは言っているのだ。

 宇宙開発よりも並行世界、異世界のゲートさえあれば好きな世界をリセマラする。

 平和的な交流を出来る者もいるかもしれないが、必ず強大な軍事力に物を言わせて現地住民を虐殺する連中は出て来るだろう。

 残念ながらこの世界の日本はそれだった。

  

「財界に圧力を掛けるとかだけじゃ限界があるだろう。世論を動かし、結果を出さなければ人々は納得はしない」


「その通りだ」


 そう言って深々と財団の長、ヴァン・テスタロッサは頭を下げた。


「君にお願いしたい。どうか人類を、地球を見限らないで欲しい。そしてありがとう、地球を守ってくれて」


「いやいや、頭上げて。いや、嬉しいけどね? 互いの立場とかあるでしょ?」


「いや。こればかりは譲れない。君達が命を懸けて戦っていた頃、私は財団の、世界の混乱を収める事に奔走してばかりで何も出来なかった。それが私の役割だと言ってしまえばそれまでだが、地球存亡の危機に何も出来なかった。その事をただひたすら恥じ入るばかりだ」


「何だかんだで根は戦士なんだね。僕は君の政治力とか経済的手腕とかが羨ましいよ。それがあれば、異世界での戦いはもっと楽だったかもしれないのに」


「そうか……そうだな。これ以上の卑下は先の戦いで散っていった人々への冒涜になる。生き延びた我々は本当の未来のために打てる手を打つべきだと考えている」


「そのために、パワーローダーの導入もやむなしか」


 パワーローダー。

 核動力の戦闘用パワードスーツ。

 ビーム兵器、レーザー兵器、レールガン、プラズマ兵器。

 あらゆる超兵器の解禁を行う。

 待っているのは世界的なミリタリーバランスの崩壊であり、何が起きるのか大規模過ぎて想像できない。

 だがそうしなければこれから先の戦いは切り抜けられない。

 たかが勇者二人に世界の命運を託せと言うのはそれこそ傲慢である。

 だから亮太郎は反対できなかった。


「琴乃町に正義の味方の秘密基地があるらしくてね。そちらの方にも援助している。銀色の巨大ロボ――ギンブラスだったか。アレがあの街に送り込まれたのも偶然ではないだろう」


「人々には明かせない話だね」


 亮太郎にとって普通の人間と言うのは、命懸けで戦っているヒーローに石や空き缶を投げつけ罵声を浴びせる人や、ヒーローがいない場所であれこれ酷い愚痴をいったりするものだと考えている。

 異世界での経験で人の善性はある程度信じているが、シノブ同様に妄信はしていなかった。

 

「おや、襲撃かな?」


 亮太郎は襲撃者を察知した。

 遅れてサイレンが鳴り響く。

 亮太郎が感知した範囲では地上を装甲車付きの車両複数、空から戦闘ヘリまで迫っている。

 日本政府側の刺客であり、警察や自衛隊を中心に裏の仕事を任せられた連中だ。 

 

「君が出るまでもないよ」


 考えている事を当てられたのか、ヴァンにニッコリと微笑まれた。


「申し出はありがたいけど、財団に自分の能力をある程度売り込んでおきたい」


「おや、いいのかな? 目立つのは避けたいと思っていたのだが」


「ガーディアンズと財団と関わりがある人間がただの高校生だと言い張るのは無理があるだろう? ある程度、自分の実力を周囲に示しておいた方がいいと判断した」


「ふむ。そこまで言うのなら君に任せよう。事後処理は安心して欲しい。好きにやりたまえ」


☆   


 Side 日本政府暗部部隊


 =夜・ヴァン・テスタロッサの屋敷周辺=


 夜中ではあるが、堂々と武装勢力を差し向けての殲滅作戦。

 表向きは外国資本のテロリストの排除。

 その裏に隠された作戦の真意を知って隊長はヤレヤレとなる。

 

 日本の国益だの、平和を守るための必要悪だの、色々と取り繕っているが、ようは一部の権力者のための利益のために戦いだ。

 893の抗争とそう変わらない。

 

 だから装備はあっても、士気は最低。

 そんな武装集団だった。


 屋敷周辺に車を止めて包囲。

 ゾロゾロと武装した兵士が降り立つ。

 中には改造人間、能力者、退魔師崩れなどの癖の強い面子もいた。

 逆を言えばそれだけ強い相手だと言う事だ。

 戦力の過半は失うだろう。


 だが現実は非情。


 次々と無力化されていく。

 謎の黒い影に。

 気がつけば戦闘ヘリが屋敷の敷地内に着陸。

 無力化された兵士は周囲を取り囲まれて武装解除されていた。

 何が起きたのかよく分からない。

 襲われたと言うのは分かる。

 襲撃者は皆、どのようにして無力化されて今に至るのか理解できなかった。

 ただ分かる事は逆らおうと考える事が出来なくなっていたことだ。



 Side 谷村 亮太郎


 =翌日、朝・ヴァン・テスタロッサの屋敷=


 ヴァン・テスタロッサの家で一晩明かした。

 軽く貴族のような暮らしを経験させてもらった。

 貴族のような暮らしをする際は下手に使用人に気を遣うと逆効果なので大人しく流れに身を任せた方が色々と良かったりする。


 案内された朝食が並べられたテーブルに腰掛ける。

 近くに備え付けられた壁に掛けられたテレビからニュースが流れている。

 朝刊に軽く目を通し、スマホを軽く動かして情報を集めた。

 

 異世界で勇者をやっていた頃の性か、世間の事はアレコレと気になってしまう。


 日本政府は宇宙犯罪組織ジャマルとの関係はない、異世界との交流もないと主張している。

 だが今の日本政府は国民に信頼されていない。その嘘を信じてもらえる程、国民は日本政府に恩は感じていない。


 国会議事堂周辺では様々な主義主張が飛び交うデモが行われ、フューチャーテック事件や宇宙人事件だけでなく、核爆発事件、Eー00ファイルの詳細説明が叫ばれていた。

 時間が経てばこの国民の怒りも沈静化されるのだろうか。

 それとも一線を越えて市民の暴動に発展してしまうのだろうか。

 

 そして――とある大企業の、天下りした元与党議員の死亡がテレビのニュースで報じられた。

 

「こう言うやり方はお気に召さないかな?」


 タイミングを見計らっていたのかヴァンがテーブルへと相席して来た。

 遠回しにこの議員はヴァンが手を下したと言っているのだ。  


「本音を言えば分からないですね」


「ほう?」


「僕は—―こことは違うとある異世界で魔王と戦いました。その戦いの中でその世界の人間とも戦いました。つまりそう言う事です」


 亮太郎は遠回しにこの手を汚して来たと伝える。


「そうか。君にとってその世界は救うだけの価値がある世界だったと?」


「状況に流されたところもありましたけどね。異世界の良い部分も悪い部分も見て来ました。その上で僕は異世界を救う事を決意しました」


「成程。素晴らしい出会いが会ったのだね」


「はい」

  

 短く、誇りを胸に返事した。

 

「その上で聞こう。君は今、この国に対して何を感じている?」


 ヴァンはこの国に対してどう感じているのかを亮太郎に尋ねる。


「単刀直入に言うのなら絶望、失望ですね。どうしても危ない考えがよぎってしまう程にはこの国を信じられない。確かに希望はあるけど、希望だけでは人も国も救えない」


 と、語り終えて谷村 亮太郎は次のように話した。


「だけどヴァン、アナタと話をしていて僕はこの国の政治、官僚と言う物をあまり知らない事に気づいた。大体はテレビやネットで知った偏った知識だ」


「それを知らずして一方的に非難するのはフェアではないとも思ったよ」


 本音を語り終える亮太郎。

異世界に居た時は立場が立場だったので政治の中枢に関われたのもあり、王族、貴族についても理解出来た。

だが日本では一般人でしかない。

それに異世界と地球とでは色々と前提条件が違う。


「とまあここまで語ったけど、本当のところは君に失望されたくなくて無理して言ってたね。正直なところ自分の思考回路はテロリスト寄りだからね? シノブが居なかったらフューチャーテックの人間の皆殺しも視野に入れてたしね」


 これも本音だ。

 もしもガーディアンズに渡りをつけられなかったら、シノブとの関係を絶縁してでも皆殺しにしていた可能性がある。

 もしくは催眠状態にして自分達の雇い主を襲撃するように命じて潰し合わせる極悪非道な命令を下していたかもしれない。


「そうか。気を遣わせてしまったようですまないね」


「いえいえ……ほんと、希望を抱き続けるって難しいね」


 亮太郎はテーブルに置かれた朝食に手をつけた。

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