殺し屋のその後
Side 宇藤 タツヤ
殺し屋が殺し屋をやる上で厳密なルールが存在するとタツヤは考えている。
正直言うと宇藤 タツヤは藤崎 シノブや谷村 亮太郎達を恨んでないかと言えば嘘ではあるが、恨むのはとんでもない筋違いだとも思っている。
その後の顛末を聞いてよくぞ成し遂げたと褒め称えたい気分だ。
だが同時にそれは殺し屋としての宇藤 タツヤは死ぬ事を意味していた。
=昼・大阪日本橋近所の公園=
平日の公園。
スキンヘッドにサングラス。
大柄の大男で殺し屋と言うよりかはボディガードが似合いそうな男、嘗て藤崎 シノブの命を狙った男、宇藤 タツヤがいた。
平和で明るくノンビリした雰囲気の公園にはあまりにも場違い的な存在だ。
だが平日の公園にも関わらず人気がない。
恐らく人払いはしているのだろう。
「で? どうして俺はまだ生きている」
組織のエージェントの眼鏡を掛けた黒髪の優男に尋ねる。
一見すると眼鏡を掛けた無害そうな女子受けするスマイルを浮かべている男だが、これでも殺し屋会社、アサシンズ・ギルドの人間で人の生き死ににどれだけ関わったか分からない。
もしかすると自分よりも殺してるかもしれない。
そう言う相手だ。
「我々はビジネスで殺人をしているからです」
「それは分かる。だが俺はビジネスに失敗したどころか、顧客の情報漏洩までしたんだぞ? 殺し屋としては失格もいいところだ」
「そこが上の方でも議論になったんですよ」
「ほう?」
その辺りの事情を、冗談ではなく冥土の土産になるかもしれないので是非とも知りたかった。
「確かに須藤とその父は金払いは良かった。ですが顧客としては最低だった」
「顧客が最低なのはこの業界の宿命みたいなもんだろう。うつろGの13のスナイパーみたいに、いい依頼主に巡り合える方がレアだろう」
「そうなんですがね。確かにアナタの言う通りなんでしょう。と言うか、これ以上議論しても水掛け論になりますね。だから会社の決定をハッキリ言います」
そしてエージェントは会社の決定を口にした。
「確かにアナタは殺しの依頼に失敗したように見えますが、依頼した須藤 勇也の現金支払い能力はあの日の内に喪失してたんです。つまりこの時点で殺しの依頼はキャンセル、再交渉の段階に入っていたと解釈できます」
「正直驚きの結果だが……支払い能力を喪失してたのか?」
「はい。たぶん藤崎 シノブの仲間の仕業かと――ピンポイントで口座を叩いたんです。隠し口座だけでなく、フューチャーテックの金まで徹底的にやられたらしいですよ」
宇藤 タツヤは笑った。
あの少年がそこまで痛快かつ徹底的にやるとは。頭のネジが何本か確実に取れてるだろう。
金は何処からどうやって掻き集めたかは知らないが、裏社会で金庫番をしくじった人間の末路は決まっている。
殺されるか、もっと恐ろしい目に遭って死ぬかの2択だ。いっそ楽に殺してやった方が救いだろう。
「海外勢とか日本政府の金とかも全部やられていて――まあその話は関係ないので置いといて――」
「何だ? 俺にその消えた金の行方を追えとでも?」
「いえ、資金争奪戦で組織力が低下したら元の子もありません。下手したら自分達がフューチャーテックの二の舞ですから—―」
「じゃあ何だ?」
「藤崎 シノブ相手との外交官をして欲しいんですよ」
「気は確かか?」
命を狙った相手の外交官をやれとか正気を疑う采配だ。
「相手方にも接触したんですが、殺し屋としての腕や人格を評価しているらしくて—―抜擢かなと」
「あの小僧、本当に何なんだ」
あの少年、相当な変わり者のお人良しだと思った。
前世は聖人か何かだったに違いない。
「いや~本当にいるんですね。ハリウッドのアクション映画みたいなこと出来る人って。今のうちにサインとか貰った方がいいかな?」
「そう聞くとよく俺は生きてられたな――」
本来ならドライブスルーで射殺しようとしたその時に殺されても文句は言えなかった。
同時につくづく思う。
本当に彼は何者だろうかと。
メイド喫茶の店員との会話を盗み聞きした感じでは異世界帰りの勇者で魔王を討伐したとかどうとか言っていたが、正直まだ政府のエージェント説の方が信憑性があるように思える。
もしくはアメコミとかに出て来る凄い薬を投与されたスーパーヒーローか何かだ。
やばい身体能力の宇宙人とかもあり得る。
宇藤もそこらの不良には敗けないレベルの格闘技術はあるが、五十人相手に無傷で次々と殴り倒せる自信はない。
「会社の方でも彼の過去を洗ったんですけどこれと言って特筆すべき事は何も出なかったんです」
「じゃあ何か? ある日突然奴はスーパーマンに生まれ変わったとでも? それこそ何の冗談だ」
確かにある日突然超常的な力を得たと言われれば成程と納得できる部分もある。
だが素早く拳銃を奪われ、殴り倒されただけでなく、何度も藤崎 シノブが戦った動画を見たから分かる。
漫画に出て来る気だの魔力だの何かしらの不思議で強大な力を持っているのかもしれない。だがその力をキチンと十全にコントロールしている。実戦で研ぎ澄まされた、相手を無力化させるための武術として力を行使している。
そもそも普通の高校生は実戦で刃物を持った殺す気の相手に柔道技を綺麗に決める事は出来ない。なんなら今すぐ柔道のオリンピック選手になって金メダルでも獲ればいい。
「だがそうでもないと説明できないと言うか」
「分かった分かった。その点も含めてそれとなく調査すればいいんだろ」
「助かります」
「それで――あえて話題にはしないつもりなのか、それとも本気で見落としているつもりかは知らないが――」
「ああ、谷村 亮太郎の方ですね。アナタを日本橋で無力化したと言う」
今でも宇藤はゾッとする。
気が付けば背後に回られ、返り討ちにしようとしたが間に合わず無力化した。
それだけでなく、時たま彼がやった事を本気で忘れそうになるのだ。
暗殺者としてこれ程恵まれたスキルはない。
「あの少年に無力化された後――気が付けば全てが終わった後だった。事の終わりを闇乃 影司の、何でも屋の事務所で本人の口から丁寧に聞かされたよ」
「彼を見てどう思いましたか? 私はこれまで多くの殺し屋を見て来ましたが、彼は直感的にメジャー級の殺し屋だと確信しましたが」
「俺もその評価は納得している」
察するにサカキ高校に乗り込み、フュチャーテックにも乗り込んだのだろう。
証拠らしい証拠も確証もないが、逆にそれが二人が行ったと言う立証であると考えている。
そして宇藤はふと思う。
(あの二人がこのまま大人しく平穏に余生を過ごすタマだろうか)
何かとんでもない事をしてくれる。
何と言うかそんな予感すら感じさせるのだ。
それを近くで、最前席で見届けとると言うのも悪くはないとタツヤは思う。




