スコットランドヤードにて
「さて、久しぶりの故郷で色々と寄りたいところもあるだろうけど、わたしに付き合ってもらうよ、オリバー」
第五ターミナル到着ゲート前のコスタで眠気覚ましのコーヒーを買って、今屋敷蜜は機内で凝り固まった身体をぐーっと伸ばした。
彼女の身長は十七歳の日本人女性としては平均だが、イギリス人の同年代と比べると五センチメートルほど低く、かなり幼く見える。
しかし、彼女の意気揚々とした態度には異国の地に対する気負いのようなものは感じさせなかった。
「もちろんオーケーだよ、まずはどこに行くんだい?」
「まず、スコットランドヤードに挨拶に行く。渋滞につかまるかもしれないけどタクシーで行こうか」
彼女はブラックコーヒーを片手にスーツケースを転がした。空港のタクシースタンドでブラック・キャブに乗って、私たちはロンドン市内に向かった。
移動中、彼女は運転手と、最近主流になっているウーバータクシーは質が落ちるからあまり使いたくない。最近、タクシーに人気のないところに連れていかれて殺される映画を見たが、運転席との間に仕切りがある怪しいタクシーには乗らないし、わたしなら走行中に後部座席から首を締めてやる、という話を笑いながらしていた。
彼女の英語は通訳が必要ないほど達者だったので、私は感心して聞いていた。
四十分ほど走るとビッグベンが見えた。ウェストミンスター宮殿を右手に左折すると、すぐにロンドン警視庁に到着した。
タクシーを待たせて、私たちは『NEW SCOTLAND YARD』と書かれた特徴的な回転式看板を通り過ぎ、これから幾度となく通うこととなる白く気高い石造りの庁舎へ入った。
今屋敷蜜は慣れた様子でそのままエレベーターに乗って行先階を押したので、私は彼女の後に続いた。
目的地は『専門刑事・業務部』と案内が表示されている一角で、彼女は近くの警察職員に「ヘイミッシュ」と名乗った(あとで尋ねたところ、秘匿捜査員を表す隠語だと彼女は言った)。
すると個室に通されて、応接用ソファに座って五分ほど待つと、ふくやかで肌が浅黒い、豊かな毛量をライオンのたてがみのように撫で付けた中年女性が現れた。
「ステファニー・ギャラン副長官補」今屋敷蜜が立ち上がって手を差し出すと、「ステフィーでいいわ」とギャランは親しみを込めて彼女に抱擁した。
私は事の成り行きに若干戸惑っていたが、彼女の顧問弁護士ですと名乗って握手を交わした。
今屋敷蜜がスコットランドヤードに知り合いがいるとの言葉は半信半疑だったのだが、こうなると信じないわけにはいかなかった。
「クレシダ長官はお元気ですか?」
「あなたが来ると聞いて会いたがってたわ。彼女はあなたを気に入ってるから」
「わたしも会えないのが残念です。それで、今回来たのはスタンフォード・ル・ホープの焼死体の件でして」と今屋敷蜜が切り出した。
するとギャランは片眉を持ち上げて「エセックスのハリントン巡査長ね、堅物よ」と言って、手を振って去っていった。
「よし、次はエセックス警察だ。詳しい話は巡査長から聞く」
私は彼女に続いて慌ただしくスコットランドヤードを出て、再びタクシーに乗った。




