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今屋敷蜜の探究  作者: ブーランジェ
真実の探究者
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後日談

私は地下へ続く階段を降りて、磨りガラスで縁取りされた無垢材の玄関ドアの前に立ち、備え付けの呼び鈴を押した。


すぐに自動でロックが解除される音がしたので、入ってもいいということだと私は判断して、ハンドルを握ってドアを開いた。


中は広いワンルームで、柱を除く壁は全て取り払われて建物の地下全体の空間を自由に使っていた。


部屋の中央に一人掛けの椅子が二脚向かい合って設置されていて、その一つには帽子を被った髑髏ドクロが置かれている。彼女が彫ったものだろう。


床はモルタルになっていて靴を脱ぐ場所はなかったのでそのまま部屋を歩いた。


長方形の部屋の短辺の一つは絵画に占領され、手前の画架には描きかけの抽象画が乗せられている。傍のサイドテーブルには絵の具一式が置かれていた。私は壁一面に視線を走らせて、目当ての絵を探したが、見つからなかった。


壁には主に風景画や抽象画が掛けられていて、その中にはホーリー祭を彷彿とさせる色鮮やかな絵もあった。その絵の中心には暗い血のような赤い点があって、カンバス上にほかに赤色はなかった。きっと「毒の色彩事件」の時に描かれたものだ。


彼女たちがいるはずの部屋の反対側に行こうと思って、壁から視線を剥がした時に、隅に追いやられているビシュヌ・パリカールの肖像画を発見した。赤い涙を流している彼を見て、私は何とも言えない気持ちになった。世界は彼を忘れ去って、思い出す者もすぐにいなくなるだろう。


玄関正面の長辺を構成する一角は彫刻用の作業場になっていて、その机の一つには数十個の髑髏が無造作に並べられており、その殆どは穴が開けられて破壊されていた。


別の机には本物の頭蓋骨が丁寧に透明のケースの中に入れられていた。ハリー・モリスのものだ。ロンドンの墓地に返さなくていいのだろうか?


「オリバー、こっちだ」


今屋敷蜜に呼ばれたので、見物は終わりにして声のした方に向かった。


三人掛けのソファに彼女が座っていて、その隣の椋露地朱寧むくろじあかねが私に片手を上げてやあ、と挨拶をした。私はこの探偵から呼び出されて今屋敷蜜の自宅を訪問したのだ。


二人は仲良く並んで映画でも観ているのかと思ったがそうではなかった。今屋敷蜜の家にはテレビがなく、代わりにレコードが回っていてクラシックが流れていた。


「早かったね、オリバー君。もしかして蜜からの呼び出しにはいつも仕事を放り出して駆けつけるのかい?」と魔女がからかってきた。今日は休日で事務所も閉めている。


「当然だ、でも今日はおばさんが呼びつけたんじゃないか」と今屋敷蜜。「うちに来るのは初めてだったね、好きにくつろいでくれたまえ」


と言われたものの、二人の間に座る勇気はなかったので私はそのまま立っていた。


「君は一人でここに住んでいるのかい?」私は気になって尋ねた。以前、契約書に彼女が書いた住所は千代田区内の別の住所だったし、両親から聞かされていたのもそこだ。


「ここはわたしがアトリエ用に借りた場所で、両親も知らないはずなんだ」と今屋敷蜜は意味ありげにつぶやいた。


「コーヒーでよければ入れるよ、わたしもおかわりする」と彼女は立ち上がってキッチンに歩いて行った。


私が「真実の探究者事件」と名付けた出来事から二ヶ月が経過した。彼女の足と肩の傷はもうすっかり治っているが、銃痕は残ってしまった。ただ本人には気にした様子はない。


「メルがいたら美味しい紅茶を用意してくれるんだけどね、お留守番だ」と椋露地朱寧。


今屋敷蜜がカップを二つ持って来て、一つを私に手渡した。お礼を言うと、彼女は微笑んだ。自分の分をローテーブルに置いて彼女は元の位置に座ったのだが、私はその時に、カップの横に髑髏があることに気がついた。本物の頭蓋骨だ。


「その頭蓋骨は? ビシュヌ・パリカールのものじゃないよね」あれは爆発に巻き込まれて瓦礫がれきに潰されたはずだ。


「君を呼んだのはその件でね、蜜と険悪な雰囲気になったものだから。呼んで正解だったよ」と椋露地朱寧が説明した。「その髑髏はアウレリアヌス・オレオだよ」


「アウレリアノ・ロメロだ」と今屋敷蜜が訂正した。


私は驚いた。「すると――あの老人は死んだのかい?」


「そこの魔女おばさんが殺したんだ」と言って今屋敷蜜はコーヒーカップを激しくテーブルに置いて音を立てた。


それで私はなぜここに呼ばれたのかを把握した。彼女は自分のやり方で方をつけると宣言して、この二ヶ月ロメロ老人と組織について調査していたのだ。それを邪魔されて怒っているのだろう。


「こらこら、蜜、僕がやったっていう証拠でもあるのかい?」


「白々しい。ついさっき、『これは――髑髏を運んだのは――僕じゃない』ってうっかり口にしてたじゃないか!」


「オリバー君、蜜が彫刻刀を手にしないように見張っててくれたまえ! 言ったかもしれないが、そういう意味じゃない」


「じゃあいったいどういう意味なんだ? だいたい、おばさん以外に誰が彼を殺すっていうんだ」


朱寧さんが警戒して私を呼ぶのももっともで、今屋敷蜜は怒りのあまりかなり凶暴になっていた。それまで私が知る中で一番と言ってもよい。


椋露地朱寧がコーヒーを片手に「かりかりするなよ、もしかして女の子の日かい?」と火に天然の油を注いだので、私が止める暇もなく今屋敷蜜が彼女の頭に彫刻刀を突き刺した――かのように見えたが、目にも止まらぬ速さのチョップだった。


コーヒーをワンピースの上にこぼした椋露地朱寧が、文句を言いながら部屋の仕切りの奥に着替えに消えたので、その間に今屋敷蜜をなだめて息を整えた。


丈の足りないシャツとスカートを着た椋露地朱寧が戻って来て、また何か余計なことを言いそうな雰囲気だったので私が片手を上げて制止した。


「蜜、言っただろう、僕は君の判断を信じると。そんな僕が蜜に黙ってオレオ老人をあっさりと殺したりはしないよ」


今屋敷蜜をからかう気が済んだのか、椋露地朱寧が幾分かトーンを下げた口調で言った。


「しかしね、あの組織に恨みを持つ同士は多い。蜜のやり方を尊重して静観するほど我が同士たちは甘くないのさ」


「ふん! 真実の探究の仕方も色々あるって言いたいんだろう」今屋敷蜜はため息を吐いた。「それで、殺したあとの調査で確証は出たのかい?」


「オレオ老人が芸術家アーティスタと呼ばれていたことに間違いはないようだよ。しかし、ボスを失ったとしても体は暫く動き続けるだろう」


「これもその一端ということだろうね」今屋敷蜜はテーブルのロメロ髑髏を眺めた。


「おそらく蜜への脅迫だ。しばらく一人にならない方がいい、僕のところに来てもいいし、オリバー君のマンションにでも泊めてもらいたまえ」


と言って椋露地朱寧はパイプを取り出して煙草を詰め始めたが、今屋敷蜜がそれを取り上げて投げ捨てた。「体に悪いし、ここは禁煙だ」


「もう帰るよ!」と椋露地朱寧は立ち上がった。「これから同士たちが組織の解体をおこなう。日本にいる残党は僕が処理を担当するけど、蜜にも手伝ってもらうことになるから、宜しくね」


「なぜわたしが!」と今屋敷蜜は苦情を申し立てた。


「もちろん、真実の探究者たる若き同士としてさ!」



最後までお読みいただきありがとうございます!


第三話はアクション多めの冒険風にしてみましたが、うまく書けたか自信はありません。


次回はミステリー要素多めにしたいと思っていますので、よければお付き合いください。

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