凶弾
アウレリアノ・ロメロ老人はとびきり可笑しい冗談を聞いたかのように吹き出した。
「わたくしがヌエストロ・アーティスタですって? なぜそう考えたのかお聞かせいただけますか」
「スペイン語で『我等が芸術家』、そしてあなたはスペイン人の芸術家だ」
ロメロ老人は瞳にいたずらっぽい光を宿したまま、唇をわずかに歪めた。
「それだけでわたくしが組織の支配者だと?」
「それだけじゃないよ。老いた君を見て、わが同士の言葉を思い出したんだ、『芸術家の弱点はその年齢ゆえに一人では行動できないことだ』って」
今屋敷蜜は椋露地朱寧から預かった仕込み傘を持ち上げて、意味深にそれを見つめた。
「他にもある」
彼女は少し黙ってからそう告げて、ロメロ老人に歩み寄った。
「支配者がわたしをもてなす為にこしらえた数々の趣向、そこには明らかに本人の性癖が現れていた」
「プロファイリングというものですかな」
彼女はロメロ老人の横を通り過ぎ、絵画の前に立ってそれを見上げた。
「そんなに大層なものじゃないよ、ただの直感だ」
「聞かせていただきましょう」
その場で回転して振り向けないのをもどかしく感じるように、ロメロ老人は眉を寄せた。
「直感を言葉にするのは難しいけどね」と前置きをして、彼女は展示された絵画を順に眺めるかのように、室内を歩いた。
「犯人は一貫して老獪なやり方をしていた。自らは手を下さずに配下をけしかけ、失敗したら冷酷に切り捨てる。そして、回りくどいメッセージには手間を惜しまず、芸術性を求めている。死体を素材にした演出からは人の生死に対して達観したような価値観を感じた。しかし枯れているわけではない。ビシュヌが強姦魔とはいえ、彼の髑髏に切り取った性器を詰め込む手口からは皮肉とある種の劣等感のようなものをわたしは読み取った。それに、そう、これほどまでに執着しているわたしに代理人ではなく直接会いたいと思うのは自然なことだ」
彼女はそれから元の位置に戻って、ロメロ老人と向かい合った。
「君を見た時に直感した、わたしの描いていた犯人像と一致するとね。体は枯れているが、精神は渇き飢えている」
既にロメロ老人の顔からは笑みが消えていた。しかし相変わらず愉快そうな輝きの瞳で、彼女をまっすぐ見つめていた。
「どうやら、残念ながら勧誘には応じていただけないようですな。それで? わたくしがヌエストロ・アーティスタだとしたら、蜜様はどうするおつもりでしょうか」
「確証はない。それに、今ここに君を捕まえるに足る証拠もない」
今屋敷蜜はそう告げたあと、口を閉じて、ロメロ老人を黙って見ていた。
ロメロ老人も同様に口を結んで、今屋敷蜜に全身で注意を傾けていた。
「残念だが、わたしは君に何もできない。ビシュヌ・パリカールの時とは違う。あの時は奴が銃を持っていたし、わたしが襲われていた。でも、君は命令を下しても自ら犯罪を実行することはないだろう」
諦めたように息を吐いて、彼女は傘を床に鳴らして歩いた。
そして、横を通り過ぎざまに、素早く傘の石突きをロメロ老人の首筋に押し当てた。
次の瞬間、老人は鷲の鳴き声のような甲高い悲鳴を上げて、車椅子ごと勢いよく横に倒れた。
私はただ呆気に取られて、彼女がロメロ老人を殺すつもりで危害を加えたのだと察知したが、一瞬のことで止める暇はなかった。
しかし、倒れた老人が車椅子から杖を引き抜き、呆然としたように立ち尽くす今屋敷蜜にその先端を向けたので、火薬が爆ぜる音が展示室に鳴り響くと同時に、私は彼女の体を突き飛ばした。




