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今屋敷蜜の探究  作者: ブーランジェ
真実の探究者
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私たちはゴア国際空港から、プラド美術館が絵画の運搬用という名目で手配したチャーター機に乗って、スペイン国の中心マドリードへ飛んだ。


乗り継ぎが不要だったため、バラハス国際空港への所要時間は半日ほどで済んだ。機内は快適だったが、敵が用意した飛行機ということもあって私は気持ちが落ち着かなかった。反対に今屋敷蜜は私と話そうともせず、静かに座席に身を預けて考え事をするようにじっと窓から景色を眺めていた。


「明日の学校はさぼることになりそうだ」と今屋敷蜜が飛行機に乗ってすぐにつぶやいた。「登校日の三分の二を出席すれば出席日数は足りるけど、あまり休むと目立ってしまうからね」


スペインから日本への移動時間を考えるとすでに月曜の朝には間に合いそうもなかった。


しかし、このタイミングで出席日数を気にしている彼女はなんて図太い精神をしているのだろうか。私は尊敬の念を抱かずにはいられなかった。


バラハス国際空港では、今度は車が出迎えて、絵画と私たちは運ばれるがままプラド通りの美術館前へ到着した。


プラド美術館の開館時間までは三時間以上あったが、私たちは助手席に座っていたグレーのスーツを着た老紳士に先導され、正面入口前のベラスケス像を通り過ぎた。


その際に、今屋敷蜜いまやしきみつが解説をした。


「ディエゴ・ベラスケス。十一歳の時に義父でもあるフランシスコ・パチェーコに弟子入りして、二十四歳の若さでフィリペ四世の目に留まり宮廷画家となった。スペイン最大の画家と評されている人物だ」


私はスペインには何度も来たことがあるが、プラド美術館を訪れるのは初めてだ。彼女がわざわざ説明をしてくれたし、世界三大美術館とも言われる場所だが、今は美術鑑賞どころの気分ではない。


古代ギリシアを規範とした幾何学きかがく的でおごそかな新古典主義様式の建築が、私の目にはまるで敵の要塞か迷宮のように映った。


私たちと一緒に来た『我が子を食らうサトゥルヌス』は美術館の職員二名に車からかつぎ出され、わたしの後ろで慎重に運搬されていた。


南北に対称的に建てられた美術館本館の中間地点に正門があり、普段は使用されていないようだったが、私たちはその正門から美術館に入場した。


「この歳になると長時間立っているのも辛くて」と私たちの前を歩いていた老人が、正門脇に置かれている車椅子に待ちわびたように座って、それまで突いていた杖をホルダーに挿した。「では、こちらへどうぞ」


私たちは美術館一階の中心にある広いホールから南側に向かって移動した。電動式車椅子のあとをゆっくり歩きながら、今屋敷蜜が絵画を通り過ぎるたびに解説していたが、私はその一つも頭に入らなかった。


本館の南端の部屋には、数々の絵画と一緒にゴヤの『我が子を食らうサトゥルヌス』が壁に掛けられていた。


「今展示されているのは複製品レプリカで、あなた方が運んできた物が本物です」と車椅子の老紳士が絵画を背にして述べた。


私は複製品と言われた展示物を観察したが、私たちが運んだ絵と全く同じに思えた。


「パリカール親子の特別展示はいかがでしたか? 我が主があなたのために趣向を凝らしたものです、蜜様」


「やり過ぎた演出は作品の質を下げるね。この『我が子を食らうサトゥルヌス』もあとから股間を黒く塗りつぶしたらしいじゃないか。けど、まあまあ楽しめたよ」


今屋敷蜜と老紳士は向かい合って、互いの顔を見ながら淡々とした口調で会話をしていた。


「あまりお気に召しませんでしたか、やはり素材が悪いと出来も悪くなりますな」老人は本心から落胆したようにため息を吐いた。


私は「いったい何のためにこんな真似を?」と老人に尋ねた。


「蜜様をもてなすためです。我が主は、ハリー・モリスの犯行を止め、更にビシュヌ・パリカールを殺したあなたを、たいそう気に入りました。わたくしの役目は蜜様をスカウトすることです」


今屋敷蜜は仕込み傘の上に両手を添えて、興味深そうに老人を眺めた。「スカウトだって? そのためだけに、髑髏ドクロや死体、本物の名画を用意したってわけかい?」


「それだけあなたを評価しているということです。特に、ビシュヌ・パリカールを合法的に抹殺したあのやり方は、実にわたし好みだ。それに、組織の紹介を兼ねてといったところでしょうか」


その言葉に、彼女は目を細めた。「しかし、わたしたちは何度も殺されそうになったし、危うく名画が世界から失われるところだった」


老人は微笑した。「チェルシー・ミラーとオシリシュ・パリカール子飼いの警官が暴走したことは意図したことではありません。しかしながら、予想していた出来事ではあります。蜜様が無事にここに絵を持って来られることも含めて」


「君はスカウト役だと言ったね、ここには他にも組織の人間がいるのかな?」


「申し遅れました、わたくしの名前はアウレリアノ・ロメロと申します。以後お見知りおきを」と老人は車椅子に座りながらも丁寧にお辞儀をした。「ここにいるのはわたくし一人です」


「そうか、君がヌエストロ・アーティスタと呼ばれている人物だね」


今屋敷蜜がはっきりと告げると、老人の眉がぴくりと動いたのを私は見逃さなかった。


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