魔女
「僕のことは蜜とメルから聞いてるはずだけど、会うのは初めてだね。椋露地朱寧だ」と彼女は自己紹介したので、今屋敷蜜が魔女と呼んでいた人物だと思い当たった。
「なるべく姿を見せるつもりはなかったんだけど、アクシデントだし仕方ない」
今屋敷蜜からは「魔女」とか「おばさん」と聞かされていたので、もっと年配の女性を想像していたが、予想外に若い麗人で、突然登場したこともあって、意表を突かれた私は言葉が出てこなかった。
彼女は私に微笑んでから、ライフルのストラップを肩に掛けて、瓦屋根の上から窓枠を乗り越えて、私の隣に立った。
彼女の身長は一七〇センチほどで日本人女性としては長身だった。
「その絵を見せてくれるかい?」と言われたので、私は掴んでいた絵画ケースを壁に立てかけて、開けた。彼女は「ふむふむ」とつぶやいて鑑賞していた。
「どうだろう、本物かな?」と私は尋ねた。
彼女は笑って「こういうものは、さっぱりわからない。蜜ならわかるかもね」と言ってケースを閉めた。
すると、椋露地メルから「ゴア警察の応援がすぐに到着する」と通信が入った。それを聞いて安心した私に「違うよオリバー君、さっき君たちを襲撃したのがゴア警察だ」と隣から彼女が私の認識を改めた。
「どうしてゴア警察が私たちを?」
「さて、嫌われてるんじゃないかい? 空港からマークされていたみたいだね。のんびり話をしている時間はないよ」
私と彼女が一緒に階段を降りて一階に行くと、今屋敷蜜はディティ巡査に包帯を巻いて止血をしていて、ヤダフ巡査は無線通信を終えたところで「本部に応援を要請した。救急車も手配したから、すぐに来るわ」と言った。
「ゴア警察の増援もこっちに向かってる、すぐに逃げた方がいい」と椋露地朱寧。「やあ、蜜。久しぶりだね」
「おばさんだと思ったよ。ずっとあとを着けてたってわけかい? おかげで助かったよ、ありがとう」
今屋敷蜜に驚いた様子はなかったが、不承不承といった面持ちで感謝の言葉を述べた。
「蜜なら、僕がずっと追っていた相手に近付けるかと思って余計な入れ知恵はしないようにして進展を見守ってたんだ。でも別荘の中を調べたけど、ここにはその死体と絵しかないみたいだね」
椋露地メルから「あと二分で到着する」と連絡があった。
「さあ、ここは僕が時間を稼いでおくから、君たちは逃げるんだ! 近くのワインショップに車を停めてある」と椋露地朱寧はキーを私に放った。
彼女はそれから今屋敷蜜の顔を見て「もし組織のボスが君の前に姿を現すことがあったら、迷わず殺すんだ」と告げた。
今屋敷蜜は「死んだら許さないよ、おばさん」と答えてステッキ傘を突いて立ち上がった。
椋露地朱寧は微笑んで、ビシュヌ・パリカールの死体ごと机を蹴り倒した。それからアサルトライフルをその上に構えて、迎撃体勢を取った。
「蜜、いつも言ってるだろう。お姉さんだ」
私は苦しそうに呻き声を漏らすディティ巡査を抱えて、四人で建物の裏口に向かった。
最後に椋露地朱寧が「ロンドンではよくやった! 日本で僕が伝えた台詞を忘れないように!」と叫ぶ声がした。




