制圧
今屋敷蜜は二つの死体にはほとんど関心を示さなかった。ただエンバーミングによる防腐処理をおこなった上で服を着せて配置されている事に対して「この演出のためにわざわざご苦労なことだね」と感想を述べた。
それよりも飾られていた絵画に興味津々で、手袋をつけて壁から外して、柱に立てかけられた専用のケースに入れて床に置いた。絵の大きさは彼女の身長ほどもあったので、私も手伝った。
「本物の『我が子を食らうサトゥルヌス』はゴヤとルーベンス両方の作品がプラド美術館に所蔵されているけど、見た限りだと本物っぽい」
「犯人が私たちを歓迎するために、パリカール親子だけじゃなくて本物の名画を用意したってことかい?」
「精巧なレプリカの可能性が高いけどね。念の為にプラド美術館に確認しよう」
突然、中庭の向こうにある正面玄関のドアが勢いよく開かれた。続いてクリーム色の制服を着た警官たちが素早く突入して、私はヤダフ巡査かディティ巡査が応援を呼んだのだと思ったが、その警官たちは油断なく私たちに向けて銃を構えていた。
ヤダフ巡査の顔を見ると、緊迫した表情で入り口を睨んでいたので、それで私は良くない事態だと察知した。
今屋敷蜜は静かに絵画ケースを閉じて、ロックを掛けた。
「デリー警察署のスニラ・ヤダフ巡査だ。銃を下ろして!」
ヤダフ巡査が腰のホルスターに収められた拳銃に右手を当てながら、左手を前に突き出して、攻撃態勢を解くように要求した。しかし彼らは耳を貸さず、隊長と思われる人物が無線で私たちの発見を報告していた。
「伏せて!」「伏せろ!」
同時に女性二人が声を上げて、私は咄嗟に床に腹這いになった。次の瞬間、銃弾の雨が頭上に降り注いだ。数秒後に音が止むまで私はその体勢のまま何もできなかったが、「二階へ退避する」という今屋敷蜜の声が聞こえた。
警官隊は二十メートルほど先で変わらず銃を構えていた。立ち上がれば撃たれる状況で、どうやって二階まで移動すれば良いのか。
今屋敷蜜の方を見ると、彼女の隣でディティ巡査が倒れていた。腹部が赤く染まっていて被弾したようだった。彼の拳銃を手にした今屋敷蜜は、体を起こして躊躇なく警官の一人を撃った。
警官隊は全部で六人で、隊長を除く五人が銃を構えていたが、そのうち一名が今屋敷蜜に撃たれ、腹を押さえて床に崩れた。
残る四人の警官が一斉に彼女に撃ち返したので、私は一巻の終わりだと感じたが「今のうちに二階へ!」と開いた仕込み傘で銃弾を防ぎながら彼女は指示をした。
ヤダフ巡査が柱に隠れて援護射撃をおこなって私に顎で合図をした。
私は彼女たちに指示されるがまま建物の東側にある階段へ向かったが、その際、床に置かれた絵画ケースを手に取って盾代わりにした。
軽い金属性のケースだったが、私を狙った銃弾か、それとも流れ弾か一発を防いでくれた。
階段を登っている間にも断続的に銃撃音がして、どうにかして彼女たちを退避させる方法を考えなければならなかった。二階からは中庭の水域と警官隊が見下ろせたが、今屋敷蜜とヤダフ巡査の姿は屋根瓦の陰になって確認できなかった。
その黄土色の屋根瓦の上で、水色のドレスを着た女性が片膝を突いた体勢でアサルトライフルを構える姿が見えた。正確に四発。パン、パン、パン、パンと残った警官四人を射撃して速やかに無力化した。中性的な美しい顔立ちで、私と同年代に思われた。
「やあ、オリバー」とライフルを肩に乗せてその美女は私に挨拶したが、面識はなかった。




