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今屋敷蜜の探究  作者: ブーランジェ
真実の探究者
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潜入

チェルムスフォードのビクトリア・ロード沿いにある青い屋根の三階建ての複合施設の中に、私たちの目的地はあった。


この記録ではその法人の名称は伏せることにするが、イギリスの法に携わる人間であればたやすく推定できてしまうに違いない。


私たちが到着したエセックス事務所は全国にある支部のひとつに過ぎなかったが、建物のフロアの一角を占める事務所内には視界の届く範囲でも二十人以上のスタッフが働いていた。


私と今屋敷蜜いまやしきみつがエレベーターを降りて事務所の入口をくぐると、そこは椅子が並べられた待合室になっていて、正面に受付カウンターがあった。


今屋敷蜜が私の手を取って受付へ引っ張っていったので、私も心を決めて、窓口にいる女性へと歩を進めた。


「こんにちは」と感じの良い中年女性がカウンター越しに笑顔で話しかけてきた。


「相談のご予約の方ですか? お名前をおうかがいします」


「予約はしていないのですが」と答えると、その女性は申し訳なさそうに「前日までの予約なしでは相談はできないんです」と説明した。


そうなると、その場でいくらねばっても無駄なことは私にはわかっていたので、予約をして翌日以降に出直さなければならないと思われたが、そこで今屋敷蜜がごねた。


「そんなことはカウンセラーから言われなかった!」


彼女がいきなり声を荒げたので、私と、待合室に腰かけていた婦人が驚いてびくりと身を揺らした。


「この人は妻を惨殺されたばかりで非常に弱っているんだ、ここはそんな犯罪被害者のケアをしてくれる場所ではないのか!」


彼女は傘を床に強く突いて、怒りをあらわにした。


受付の女性は困惑の表情を浮かべたが、しかし慣れた様子で「申し訳ありません」と謝罪をして迷惑な客をなだめた。


「本日の相談枠は埋ってしまっておりまして、ちなみに、ここを紹介されたカウンセラーの名前を教えていただけますか?」


椋露地むくろじメルから「チェルシー・ミラー」と助言が入って、私と今屋敷蜜は同時にその名前を繰り返した。


すると、それまで知らん顔を決め込んでいたもう一人の受付係の男性が「俺が変わろう」と身を乗り出して、私と今屋敷蜜の顔を交互に見比べた。


女性の上役なのか、毅然きぜんとして圧迫感のある姿勢だったが、苦情対応としては適切かもしれなかった。


彼はにこりともせずに「相談室へどうぞ」と私たちが立っている場所の左側へ続く通路を腕で示して案内した。


追い払われると身構えていた私は思わず「え、いいんですか?」と声に出してしまって、彼はにやりと笑った。


「悩んでいる方の力になるのが我々の使命ですから」


予想外の温かい対応に私は、嘘をついていることに後ろめたさを感じたが、今屋敷蜜はそのような感情は持ち合わせていないようだった。


「やったね」とインカムから椋露地メルの喜ぶ声が聞こえた。


私も良心を圧し殺して、男のあとに続いて相談ブースのひとつへ移動した。


その部屋はニメートル四方ほどの密閉された空間で、プライバシーに配慮して声が外に漏れないように設計されている。


室内には面談用の机と椅子四脚が置かれていて、あとは卓上照明と法律関係の書式集が机に乗っているくらいの簡素なブースだった。


私たちはドアを開けて、机を回り込むように奥へ進み、椅子に座った。すると案内した受付の男性もそのまま私たちの正面に着席した。


私は驚いて「あなたが相談を受けるのですか?」と尋ねた。


「ええ、こう見えて相談員も担当しているのですよ、安心してご相談ください」


彼は頼もしく返事をしたが、私は、これはていよく追い払うための茶番だなと合点がいった。


相談員が受付を兼ねているなんて規模の大きい組織としてはないことだし、私の目の前に座っているきれいに頭が禿げ上がった男に繊細な犯罪被害者の心のケアができるとは思えなかったのだ。


適当に相づちを打って、私が話を聞いてもらえたことに満足して帰るのが狙いだろう。


「それでは、奥さんがどのように殺されたのか、詳しく聞かせていただきましょうか」


男はまずは軽く世間話でも、といった具合で質問したのだった。


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