作戦
目的地へ移動中、椋露地メルからその団体の詳細を聞いた。
約半世紀前に設立された全国規模の慈善団体で、犯罪被害者への精神的・実際的支援と法廷での証人サービスをおこなっている。民間の組織だが、内務省から財政的援助を受けていて、警察とも連携して支援活動をするなど、公的な性格を有しており、全国に三百三十一の支部と約一万五千人のスタッフがいる。
今から我々が行くのはそのエセックス支部だ。
「誰でも知っている有名なNPO法人じゃないか! 本当にそこで間違いないのかい?」
椋露地メルの報告を聞いて私は耳を疑った。
イギリスで法廷弁護士として活動をしていた時期に、私もその組織のサービスを何度も利用している。
「ふむ、成熟した巨大な組織であるほど、犯罪の隠れみのに適している。特に、心身が弱った犯罪被害者を守る立場であれば、逆にハリ―・モリスのように洗脳して操るのに都合がいい」
今屋敷蜜は「警視庁にも根を回す組織だ、十分あり得るよ」と私に言った。
「当然、その団体が犯罪をおこなっているわけではなく、一部の人間が組織内での立場を悪用しているということだ」
「何か作戦があるのかい?」私には予想外の相手だったので、尻込みして、彼女に尋ねた。
「ここはシンプルにやろう、組織が大きければ潜入もしやすい。オリバー、君にはハリー・モリスと同じ立場になってもらう。妻が殺されたということにして、そう、精神的ケアを求めて、カウンセラーから慈善団体を紹介されたという設定にしよう。そして、怪しいやつを見つけてきつく締め上げる」今屋敷蜜は大胆な計画を立てた。
「何かあったら臨機応変に対応しよう」
「エリオットに指示を出していた人間が、その団体に所属しているとは限らないのでは。それに、どうやって特定するつもりなんだい?」
「まあね、しかし可能性はある。いざとなればエリオット・エルフィンストンの名前を出して、スタッフの反応をひとりずつ確認するしかないね」と今屋敷蜜。
「爆破された建物の新しい名義人は、犯人と繋がっているはずだから、そこからたどってみるのはどうかな?」と私は思いついて提案した。
「さすがに公開されている名義人から追跡されるような下手は打たないだろう」とすかさず今屋敷蜜は却下した。
しかし、私はめげなかった。
「そういえば、ビシュヌ・パリカールの髑髏と一緒にあった手紙の件は?」
「そうそう、そのことをすっかり忘れていたよ! 犯人はわたしたちをインドへ招待したいようだ。書かれていた住所はゴアだったね」
「招待状を残しておきながら建物を爆破するなんて、犯人は矛盾した行動をするね」
私のこの意見を聞いた今屋敷蜜は、隣の座席で「たしかにそうだ」とつぶやいて思案した。
「殺すつもりはなかったか、あるいは別人の思惑が絡んでいるか。実際死ぬところだったし、おそらく後者だろう」
「別人の思惑というと、たとえば?」
「ステフィーが言っていたように、裏で糸を引いている黒幕とは別の人間が、計画の邪魔をしたわたしたちを恨んでいるのかもしれない」
彼女の考えでは、エリオットは使い捨ての駒にされたということだった。計画が失敗した責任を取らされたのだとすると、私たちを恨んでいてもおかしくない。
「黒幕に関しては、ビシュヌの髑髏に納められていたあの汚物――おっと失礼、君にも付いていたね。切り取られて標本化されていると余計にグロテスクに見えるものだ。あの物体は象徴的だね」
「ビシュヌ・パリカールを暗示する物としてはたしかにわかりやすかったよ」
「それもそうだが、黒幕の人物像を描く手がかりになる。いくらでも他の方法はあったのに、悪趣味とも取れるあのやり方を選んだんだからね」
彼女は窓に付いた染みをじっと見つめて、黒幕がどんな人物なのか想像を働かせている様子だったが、やがて思考を打ち切って前を向いた。
「とりあえず黒幕は後回しだ、わたしたちの命を狙った連中にはぎゃふんと言わせてやらないと気が済まないからね」




