崩壊
爆発は一瞬のことで、前触れはなかったが、椋露地メルからの警告のおかげで瞬時に反応することができた。
爆音と同時に私たちが立っている床が崩れて、部屋の中央よりにいた今屋敷蜜が転落しそうになったのを、咄嗟に反応して私はその手を掴んだ。
「君も落ちてしまう! 早く窓から逃げるんだ――」
彼女は宙にぶら下がった状態で、私を見据えてそう告げたが、掴んだ腕に力を入れて、私は彼女を一気に二階に引き上げた。
腕力には自信があるし、小柄な彼女を片手で持ち上げるくらいわけなかった。
爆発は一階のキッチンからで、二階北側の床は全て崩れ落ちて既に瓦礫となって階下に転がっていた。
私たちが立っていた部屋は南側でキッチンとは反対側だったのが幸運としか言いようがない。
しかし、安心している隙はなく、コンマ一秒ごとに私たちの足場は傾き、崩れる寸前だった。
「オリバー、窓だ!」彼女は立ち上がって私の背後に向かって走った。
華奢な身体で窓ガラスに体当りして、破片と一緒に彼女は私の視界から消えた。
私も無我夢中で彼女のあとに続いて飛び降りた。
爆発から十秒も経たないうちに、私と今屋敷蜜は砂利が敷かれた庭に転がって、建物が崩れ落ちる様子を眺めた。
崩壊した建物は一階南側の壁だけを残して瓦礫の山となった。どうやら、九死に一生を得たようであった。
「二人とも生きてる?」
椋露地メルの声が耳元に響いて、私たちは心配する彼女に無事を伝えた。
「よかった」と椋露地メルが遠くでため息を吐いた。
私と今屋敷蜜も上体を起こして、危機を脱したことに安堵した。
「すまないオリバー、わたしの誤算だ。犯人がここまでするとは思わなかった」
彼女は終始、犯人の目的は私たちを殺すことではないと主張していたが、目の前で瓦礫と化した建物を見るとそうは思えなかった。
とはいえ、私は罠に警戒していたので、気づかなかったことに彼女に落ち度はない。
「ガスの臭いはしなかった。ガス漏れによる爆発なら気付いたはずだし、やはり犯人がわたしたちを狙ったと考えていいだろう」
彼女は立ち上がろうとして足に体重をかけたが、小さく唸って痛みに耐えるように顔をしかめた。
「足を痛めたのかい?」
「どうやら、飛び降りたときに足を挫いたみたいだ」
私は無傷だったし、彼女もその程度の怪我で済んだのはむしろ幸運だった。
「メルとオリバーが機転を効かせたおかげだね」彼女は私の肩を叩いて、「それにしても、わたしを持ち上げた時はすごい力だったね、火事場の馬鹿力というやつかい?」と笑顔を見せた。
爆発から数分もしない間にコリンガムロードには悲鳴が飛び交い、どこから湧いて来たのかと思うほどの人だかりができていて、私たちは注目の的になっていた。もはや現場からこっそり立ち去れる状況ではなかった。
今屋敷蜜はポケットから携帯電話を取り出して、ステファニー・ギャランに爆発の顛末を説明した。
十分後には警察と消防隊が現場に集まって、私たちは肩にタオルを掛けられてその場に拘束された。その間、椋露地メルからの報告を聞いた。
「蜜にエリオットを調べるように言われて、あらゆるアカウントを丸はだかにしたら、何者かに指示を受けて建物に細工をした形跡があった」
私は気になって「この短時間でそこまで調べられるものなのかい?」と尋ねた。
「うん、パスワードを使い回すような警戒レベルなら、五分もあればめぼしい記録はぜんぶ見れる。クレジットの購入履歴、銀行口座の取引履歴と振込先、メールの内容、GPSの移動記録とか」
「しかし、エリオットの警戒のゆるさは特徴的だね」と今屋敷蜜。
「危ないところだったけど、こちらも相手の尻尾を掴んだ。まずはこのまま陽の光が当たるところまで引きずり出してやろうじゃないか」




