二つ目
今屋敷蜜は、開いたドアからそのまま建物に侵入した。
「罠が仕掛けられている可能性はないかな?」
許可なく勝手に入ることにも抵抗があったが、建物が犯人の計略だとしたら、何があるかわからない。
「それはないだろう、殺すならとっくに仕掛けてきている」と彼女は答えたが、その足取りは慎重だった。
室内はまだ陽の光で十分明るかったので、彼女は電灯を点けようとはしなかった。
焼け落ちて焦げて灰だらけになっていた一階の居間はすっかり修繕されていて、以前来た時の面影は全くない。
ハリー・モリスの焼死体があおむけに転がっていたはずの床には、緑色の絨毯が敷かれている。
そして「毒の色彩事件」に彼女が興味を持つきっかけとなった文字――モリスの遺言が書かれていた壁紙は、新しい花柄のものに張り替えられていた。
居間に続いて一階奥のキッチンを確認した。コンロ周辺が新品に交換されているようだったが、その他は火事の被害が及ばなかったため大掛かりな修繕工事はされていなかった。
私は建物に入ってから罠がないか神経を尖らせていたが、異変には気付かなかった。今屋敷蜜も同様だった。
一階をひと通り歩いたあと、手がかりらしき物は何もなかったので、階段を登って二階へ移動した。
彼女の予想では、犯人から何らかのメッセージが残されているはずだった。
建物内は生活感がなく、住人の服や荷物も置かれていなかったので、元々住んでいる者はいないようだ。
室内は殺風景だったので、二階に上がってすぐ横のドアを開けて部屋に入った時、その床の中央に髑髏が置かれていたのが尚更異様に感じられた。
二つ目の髑髏は、訪問を待ち構えていたように、部屋の入り口に立つ私たちを正面から見つめた。
綺麗に清掃された空っぽの部屋に窓から射し込んだ光に照らされて、私は不気味さよりも神秘的な雰囲気を感じた。
「ほらオリバー、あったよ! また髑髏とはね、いったい誰のものだろう?」
今屋敷蜜は興奮して髑髏の前にしゃがんだ。
髑髏の口には赤い封筒が差し込まれていて、彼女が手に取って開いたあと、私に中の手紙を手渡した。
「犯人からわたしへのラブレターだ」
そこにはインドの住所が一行だけ書かれている。
これで髑髏が犯人からのメッセージだという彼女の推理が当たっていたことが証明されたのだ。
次に彼女は床に手をついて、髑髏の正面から側面をぐるっと観察した。
「ふむ、コーカソイドとオーストラロイドの混合した特徴が見られる。インド・アーリア人の頭蓋骨と思われるね」と彼女は分析した。
のちに彼女から聞かされた話だが、頭蓋骨の形は人種によって大きく違いがあり、コーカソイド(白人)、モンゴロイド(黄色人)、ネグロイド(黒人)のほか、オーストラロイドを含めた四大人種で分類できるのだそうだ。
彼女は、今度は髑髏の背後に回って、手袋をした両手で掴んで持ち上げた。
「中に何か入ってるね。それに、この髑髏の持ち主もハリー・モリスと同様に最近死んだらしい」
すると、今屋敷蜜の手元から、何かが二つ床に落ちたのが私の位置から見えて、それは音を立ててころりと転がった。
おや、と彼女が気づいて躊躇うことなくその一つをつまんで目の高さに掲げた。
その謎の物体は、長さ五センチほどの白色の楕円形で、弾力のある細い卵のように見えた。
手袋をしているとはいえ、よくそんな気味の悪いものを持てるものだと私は半ば感心したが、彼女は顔をしかめて「気持ち悪い」とそれを床に捨てた。
「その変な物はなんだい?」私は気になって尋ねた。
「わからないが、おそらく――」
彼女は一度言葉を区切って、「髑髏の眼窩に差し込まれていたみたいだね」と答えた。
今屋敷蜜は左手で髑髏を掴んで固定して、右手で上部に力を加えて頭蓋骨のパーツの一つ――頭蓋冠を外して、その中身を晒した。
そこに詰め込まれていた物体を見て、私はそれが何なのか理解するのに少し時間を要した。
しかしそれは紛れもなく、標本化された男性器だった。
「これも、犯人からのメッセージだろう」
彼女は髑髏をそのまま床に置いて、しゃがんだ姿勢のまま思案した。
私はその不気味な物体の意味が理解できずに、口を閉じて窓を背にして立っていた。
太陽に照らし出されたそれは、異様を通り越して、現実味のないある種の芸術性すら感じさせた。
「おそらく犯人はわたしたちを監視している」
今屋敷蜜はそうつぶやいて、おもむろに携帯電話を取り出して画面を操作した。
どうやら部屋の中に仕掛けられたカメラから発せられる電波を拾おうとしているらしかった。
「蜜! 今すぐそこから出たほうがいい」
椋露地メルの、慌てた様子の声が、私と今屋敷蜜の耳に響いた。
今屋敷蜜が返事を発しようと口を開けた瞬間、私たちの足元が爆発した。




