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今屋敷蜜の探究  作者: ブーランジェ
真実の探究者
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挨拶

スコットランドヤードの専門刑事・業務部に到着すると、ふくよかな体型のステファニー・ギャラン副長官補が、私たちの訪問を待ちわびたように歓迎してくれた。


今屋敷蜜いまやしきみつは「ステフィー」と彼女のことを愛称で呼んだ。


挨拶を交わしてから、「インドの件はお手柄だったわ、功績こうせきたたえたいくらい」とそれをできないのが残念そうにギャランは眉を寄せた。


「わたしは勲章くんしょうをもらうよりも、スコットランドヤードから支援を受けられることがありがたいのです」と偽りのない本心を述べたであろう今屋敷蜜に、ギャランは笑顔で「支援してもらってるのはこちらの方よ」と答えた。


「ハリー・モリスの墓から遺体の頭部を持ち出した犯人は見つかっていないわ」とギャランはすぐに本題に入った。


「モリスの墓はケンブリッジの西にある国教会が運営する自然埋葬地にあるのだけど、敷地は広いし周囲に民家もないから、人気ひとけのない時間に掘り起こしたのなら、手がかりは期待できないわね」


今屋敷蜜はうなずいた。「犯人がわざと残していった物もなかったのですね? というのも、モリスの頭蓋骨は肉をきれいにがされてわたしのロッカーに置かれていたので、また犯人からわたしへのメッセージがあるかもしれない」


「犯人はあなたのファンってわけね、メッセージが見つかったら連絡するわ」とギャランは真剣な面持ちで笑った。


「署内にもあなたのファンはいるわ、私もそのひとり。わかってるだろうけどただの愉快犯じゃないわ、くれぐれも気をつけて。必要なら護衛を付けるわ」


「護衛は不要だけど、代わりに銃を所持する許可をいただけないでしょうか?」と今屋敷蜜は切り出した。スコットランドヤードに寄ったのは、挨拶だけでなくこの許可をもらうのが目的だった。


口を結んで今屋敷蜜を見つめるギャランの表情からは、返答に悩んでいることが読み取れた。


今屋敷蜜が『真実の探究者たる同士』から援助を受けられるといっても、それは信用のみで成り立っているもので、違法であることに変わりはない。


「オーケー、私のテーザー銃を預けるわ。いざという時の後始末は私が引き受けるから、緊急時にはためらわずに使って」


最悪の場合には免職クビになることも考えられるにも関わらず、ギャランは今屋敷蜜の要求を受け入れた。


正直、彼女が今屋敷蜜のためにそこまでする理由はわからない。ただ、私はその時のギャランを、たてがみのような髪型も相まって、まるで我が子の身を案じる母ライオンのようだと感じた。


「ステフィー、わたしは、ハリー・モリスがこの犯人から故意に毒を投与されたのではないかと考えているんだ」


今屋敷蜜は、数日前に私の事務所で聞かせてくれた推理をギャランに話した。


「わたしが以前、モリスが誤ってリシンを吸入したと判断した理由は、モリスの身体には火傷以外の外傷はなく、肺からたんぱく質性の毒素が見つかり、血液からほかの毒物では生じ得ない高い白血球数が検出されたからだ」


彼女は部屋の中を当てもなく歩きながら話を続けた。


「毒を吸入したのならほとんどが肺で見つかる。筋肉内に注射されたなら周辺の筋肉で、静脈に注射されたならすべてが血液中に留まり、飲み込まれたなら胃や腸や肝臓で見つかる」


「あなたからの要請がなかったら、そもそも検視官は毒物検査をしなかったと思うわ」とギャラン。


「イギリスの検視官コロナーは日本よりも優秀だけど、疑いがなければ焼死体の肺を毒物検査しようとは思わないからね。モリスが焼身自殺したのは犯人にとって予想外の出来事だったけど、ただの自殺として処理されるならそれでよかった。しかし、ハリー・モリスが壁に字を残して、わたしの関心を引いたのが誤算だったんだ」


「犯人はあなたのことを恨んでいるでしょう。モリスの髑髏ドクロはあなたに対する純粋な脅しの可能性だってあるわ。例えば、息子を殺されたオシリシュ・パリカールがあなたを殺そうとしているのかも」


私と同じ疑問をギャランは口にしたが、それは今屋敷蜜に一蹴いっしゅうされた。


「殺すのが目的ならこんな回りくどい真似はしないよ、ステフィー。それにビシュヌのかたきを討ちたいのだったら、オリバーのところに何もないのはおかしい」


たしかに、仇というなら直接撃ち殺した私だった。


今屋敷蜜は上着を脱いで、ギャランから受け取ったホルスターを身につけ、黄色いおもちゃのような銃をそこに収めた。


テーザー銃は一種のスタンガンで、捜査機関用のものは銃口から秒速十一メートル程度で針が発射され、標的の肌に突き刺さると高圧電流が流れるようになっている。


スタンガンとはいえ、標的が死亡することもある低致死性の武器だ。


イギリスは警官も基本的に銃を持たない珍しい国だ。これはスコットランドヤードが発足した際に、市民が恐れていた軍人との差別化、市民との壁ができないように銃の携帯を禁止したという経緯がある。


今屋敷蜜は実弾銃でなかったのを不満に感じていたようだったが、試しにテーザー銃をホルスターから抜いて素早く私に狙いをつけ、はしゃいでいた。

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