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今屋敷蜜の探究  作者: ブーランジェ
真実の探究者
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妖精

京王線特急で二十分ほどかかって府中駅に着いて、そこからさらに各駅停車に乗り継いで一駅前の東府中駅で今屋敷蜜いまやしきみつは降車した。


訪問先は駅からどのくらいかかるのかと私が尋ねたら、歩いてすぐとのことで、駅から北に真っすぐ伸びている舗装された銀杏いちょう並木の歩道を五分ほど歩いた。


突き当りを左折してすぐの場所に『メリーヴェール探偵事務所』という看板が木製の扉の横にかけられた赤茶色の煉瓦で覆われた古風な建物があった。


彼女がその呼び鈴を押して、三十秒待っても反応がないため、今度は連打して鳴らしたが、うんともすんとも言わなかった。ドアには鍵がかかっていた。


「留守かな。訪問を伝えてなかったのかい?」


「おばさんは、出かけているようだ。でもメルは滅多に外出しないから、寝てるか、仕事中か」


彼女は一歩下がって建物を見上げながらそう言ったあと、道路に面した二階の窓のひとつに狙いを定めて、まず建物の正面に沿って設置された生け垣の煉瓦の上に乗って、一階の窓枠に足を乗せ、勢いよく体を持ち上げて窓のひさしによじ登った。


そのひさしは角度が四十五度の斜面になっていたのでかなりの難易度に思えたが、彼女は慣れた身のこなしでそのまま二階の窓を開けて侵入した。


私は呆気あっけにとられて、彼女が不法侵入した箇所を見守っていたが、すぐにその窓の内側から女の子の悲鳴が聞こえて、その後で今屋敷蜜のこころなしか下品な笑い声が漏れてきたので、道路に通りすがりの人がいないのを確かめてから、玄関ドアの前でそのまま待機していた。


三分くらい経過してから解錠する音が聞こえて、ドアが内側に開き、そこに今屋敷蜜が立っていた。


「さあ、上がっていいよ、オリバー」


今屋敷蜜からまるで建物の主のように招かれて、私は迷いながらも侵入した。


置かれていたスリッパに履き替えてから、彼女に続いて廊下を進んだ先の、応接用の家具が置かれた部屋には、燃えるような見事な赤毛の少女が立っていて、怪訝けげんそうにこちらを見ていた。今屋敷蜜よりさらに若く、中学生だと思われた。


「メル、この男はわたしの顧問弁護士のオリバーだ、図体はでかいが、悪いやつじゃない」


適当な紹介をされてから、私は手を差し出したが、メルと呼ばれた少女は握手をしてくれなかった。


今屋敷蜜に気にした様子はなく、いつもより上機嫌で、ソファを勧めたので私はそれに腰掛けた。


室内はアンティーク家具で統一されていて、重厚で優雅な空間が演出されていた。


赤毛の少女はちらちらと私を気にして視線を送っていたが、話しかけてはいけない雰囲気を発していたので、今屋敷蜜が「椋露地むくろじメル。この事務所の助手で、情報収集、処理のスペシャリストだ」と仲立ちに入った。


「君が妖精と表現したのもわかるよ」


椋露地メルは私から一番離れた席に、その中間に今屋敷蜜が着席した。


「そうだろう、オリバー。わたしは美しいものが大好きなんだけど、メルはルイス・リカルド・ファレーロやソフィー・アンダーソンの描く妖精にそっくりだと思わないかい!」と今屋敷蜜が椋露地メルをおだてた。


私はその妖精画を目にしたことはなかったが、彼女の言わんとすることはわかった。しかし椋露地メルは、彼女をにらんで「あんなに太ってない」と抗議した。


「いいじゃないか、あれが自然美なんだ。妖精画といえば、アーサー・コナン・ドイルの父が妖精画で有名なのを知ってたかい、オリバー? 神秘さと不気味さが混じっていてね、彼は精神病棟で亡くなったんだけど、本当に妖精の幻覚が見えていたのかもしれない」


「あれは好き」と椋露地メル。


今屋敷蜜は机に置かれたファッジ(イギリス伝統の甘い菓子)をひとつ口に入れてから「でもメルのことを妖精と形容した理由は、容姿だけのことじゃないんだ。先ほどメルは情報収集、処理のプロだと説明しただろう? 現代の犯罪捜査において、これは欠かせない重要なスキルだ。メルはいわば、電子の妖精なんだ」と自慢気に語った。


彼女たちはそのスキルの詳細を教えてはくれなかったが、私が「もしかしてクラッキングとかの違法な手段も用いたりするのかい?」と聞くと、今屋敷蜜は「知らない」と、椋露地メルは「ノーコメント」と答えた。


「わたしやおばさんの元には、我らが同士から、さまざまな極秘情報が提供される。それらの情報を効率よく処理して、場合によっては電子的な手段を用いて追加で情報を収集する必要もある。また、緊急事態には退路の確保やナビゲーションを担ってくれるのが、妖精メルだ」


椋露地メルは表情の変化に乏しい性格だったが、今屋敷蜜のおだて攻撃に気を良くしたのが誇らしげな顔として現れていた。これは、今回の事件においてメルの協力を取り付けるための彼女の作戦なのであった。

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