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今屋敷蜜の声色には悔しさがにじんでいたので、私はつい「モリスが誰かから毒を盛られたというのは、可能性の話だろう? 仮にそうだったとしても、私は君に落ち度はないと思うよ。モリスの体内に毒があることだって、君の推理でわかったことだし、君がいなければモリスの無差別殺人を止められなかったかもしれない」と庇うような発言をした。
彼女は心なしか嬉しそうに「まあ、わたしの関心がモリスの復讐劇の方にあったのは事実だけどね」と照れたような表情を浮かべたあとで、ひとつ咳払いをした。
「イギリス警察の捜査結果によると、モリスは単独でインドで動いていたことが明らかだ。彼の精神状態からしても、できるだけ他人との接触を避けていたと考えられる。ところが、故意に毒を投与されたとなると、計画に関与した第三者の存在が想定される。それが可能なのはモリスの計画を知っていて、かつリシンを入手できる人物だからね」
私はその第三者の人物像を頭に描いてみた。しかし取り留めのない、不気味な靄がかかった、顔のない存在が浮かぶだけだった。少なくとも、これまでに私が会ったことのない人種であることは確かだ。
「モリスの復讐に協力して、さらにモリスを殺そうとした奴がいるっていうのかい? いったいそいつは何者なんだろう。それに、なぜ君に髑髏を贈って自分の犯罪を自白するような真似を? 黙っていたら罪を免れるかもしれないのに」
「異常者だ。犯罪をまるでゲームのように楽しんでいる。そして、絶対に捕まらない自信があるんだ。学校のわたしのロッカーにハリー・モリスの髑髏を運ばせたように、犯罪を実行する手足として使える駒がいるわけだからね。そして、気づかれずにそれだけのことをやれるということは、それなりの規模と力を持った組織と考えられる」
そう告げた今屋敷蜜は、今度は喜びを隠そうとせず、瞳は燃えるように輝き、顔には笑みを浮かべていた。
「君は、今まで私が見た中で一番嬉しそうだよ」
「そうかい? たしかに、こんな相手は今ままでいなかった!」 彼女は頭上に両手をかかげた。私が見ていなかったら、歌を口ずさんで踊りだしそうな勢いだった。
私は、相手が快楽のために人殺しもためらわない危険な人物、それもビシュヌ・パリカールのようなごろつきではなく犯罪組織だと聞いて、今屋敷蜜の身を案じたが、危険だからと説得しても無駄なことはよくわかっていた。
「それで、ロンドンにはいつ行くんだい? 私も仕事の予定を調整して、代わりのものを立てないといけないからね」
彼女は振り向いて、私を見上げた。「オリバーならそう言ってくれると思ったよ! 一週間後の金曜でどうかな? それと、明日はちょうど学校が休みだから、友人に君を紹介しておきたいんだ」
私はスケジュールを確認して、調整が可能かどうか検討したが、来週の金曜には外せない面談が入っていた。書類の作成や通常の面談なら日程にも融通が聞くが、その件だけは動かせそうになかったので、彼女にそう伝えたところ、ではフライトはその次の金曜にしようということになった。
「わたしのロッカーに髑髏が置かれたのが一ヶ月以上前だ。その後、わたしが知る限り相手からは何のアプローチもない。向こうはわたしから動くのを待っている、急ぐ必要はないさ」
「その髑髏の件だけど、警察には相談しないのかい?」
不審者が敷地に侵入して生徒に危害が及ぶおそれがあるとなれば、学校を通じて警察に捜査をしてもらうことができるはずだ。もしかしたら、ロッカーに髑髏を置いた犯人なら突き止められるかもしれない。
彼女はうーん、とうなって「学校では目立ちたくない」と述べた。
「ほかの生徒に危険はないだろうから、警視庁にいる知り合いに個人的に頼んで内密に調べてもらうとしよう。でも、犯人が国内にいないのは明らかだ、成果に期待はできないね」
そうして、この日の私の事務所での面談は終了した。翌日、今屋敷蜜の友人に会いに行くということになったが、彼女の友人と聞いて、一筋縄ではいかないくせ者だろうと私は直感した。




