間違い
今屋敷蜜は、面談室の椅子に腰掛けて、その正面の机に置かれたハリー・モリスの白骨化した頭蓋骨と向かい合って、神妙な面持ちで思案していたが、やがて観念したかのように息を吐き出して、わたしはミスを犯したかもしれない、と白状した。
彼女が黙って髑髏を見つめていた時間は数分で、今ではそれが、彼女が過去の言動を振り返ってその可否を考証しているのだと、私には見て取ることができる。
しかし、この時は今屋敷蜜のそのような様子を初めて見たので、突然の彼女のその態度に、私はどうしたものか考えあぐねてただ見守っていた。
その間に、猪戸亜威は満足した顔つきで、もう帰らなきゃと立ち上がって、一方的に今屋敷蜜に「お姉さま、また来週学校で!」と告げて鼻歌まじりにドアを開けて出ていったのだが、今屋敷蜜にはその言葉が聞こえていないようだった。
押し黙っていた今屋敷蜜がやっと口を開いて、そこから出たのが脈絡のない、自らの間違いを認める台詞だったので、私は驚いて、「急にどうしたんだい?」と尋ねた。
「わたしが今考えていたのは、もちろん、この髑髏のことなんだけど、十中八九ハリー・モリスのものだろう。犯人はなぜわたしのロッカーにこれを置いたのだと思う?」
彼女に質問を返されて、今度は私が口を閉じる番だった。
しかしそれは数秒で、私は思いついたことを口にした。彼女が私に意見を求める時は、解答が欲しいのではなく、ただ推理を前に進めるための潤滑剤を求めているのだ。
「君に対する脅し、脅迫じゃないのかい?」
「それが真っ先に思いつく理由だね。髑髏は死のモチーフとして一般に認知されているから、それを送るというのは、生命に対する危害を暗示する手段として有効だし、単にメッセージを送るよりも効果的だ。ただし、それは一般論であって、わたしに対してだと話が変わってくる」
「というと?」
「わたしが犯罪捜査マニアだということを、犯人は承知していると考えられる。なぜなら、ハリー・モリスの事件と一介の高校生であるわたしとの繋がりを知っているんだからね。さらに、わたしが髑髏を好んで彫刻する趣味があることまで調査済みだったとしたら、この贈り物は単なる脅迫ではなく、わたしの興味を惹くための演出の可能性が高い」
「君の学校の推理研究部部長みたいに、君の興味を惹くためにロッカーへ入れたと?」
「そしてそれは大成功だ。わたしの好みをよく調べている。だから、さっき熱狂的なファンと言ったのさ。でも、それだけじゃない。わたしの興味を惹くためだけに墓を暴いて、死体の首を切り離し、薬品を使って白骨化させるなんていうのは、いくら熱狂的だとしても度が過ぎている」
「それは、同感だね。完全にイカれてるよ」
「つまり、わざわざハリー・モリスの頭蓋骨を使ったのは、なんらかのメッセージがあると考えられる。そして、忘れてはいけないのは、頭蓋骨の中にリシンが入れられていたということだ」
「髑髏を置いた犯人から君へのメッセージか、それがどんな内容なのかわかったのかい?」
今屋敷蜜は立ち上がって、椅子の周りをうろうろと歩いた。
「これはあくまで可能性に過ぎないんだけれど」と前置きをして「わたしはミスを犯したのかもしれない」と繰り返した。
「オリバー、ゴアのあの一緒に休暇を過ごしたホテルで、わたしが事件の真相を話したときに、君が言った言葉を覚えているかい?」
「私のかい?」 私は、あの素晴らしい休暇を思い起こした。
鮮やかな装飾が施された優雅な砦、アラビア海が見渡せる、解放的な部屋。
その中で、到着した日に彼女は事件の真相を聞かせてくれた。
恋人を殺された哀れなハリー・モリスの、恐ろしい復讐計画の全貌。
その遂行中に、モリス自身が誤ってリシンを吸入してしまった事実。
ビシュヌ・パリカールの暗殺に失敗して、絶望したモリスが焼身自殺を遂げたこと。
私は首を横に振って、「君が真相を語っている間、私はただ相槌を打っていただけだと思うけれど」と彼女に答えた。
「君はあの時、モリスの身に起きた可能性がある、ひとつの事実について指摘したんだ。その時、わたしはそれを否定はしなかったけれど、別の説を真実と考えて主張した。もちろん、相応の根拠があってのことだったし、モリスの焼死が自殺であることは間違いがない」
彼女の話を聞いて、私には思い当たったことがあった。
「もしかして、モリスがいつリシンの毒に発症したか、と君が私に質問した時かい?」
今屋敷蜜は、遂に追い詰められた犯人のように、私の正面にまっすぐ立って、私の顔を見た。
しかしその瞳には、隙を見せたら一矢報いてやろうというように、反撃の意思が含まれていた。
「モリスは誰かから故意に毒を投与された可能性がある、と君は言ったんだよ、オリバー。髑髏をロッカーに置いた犯人からのメッセージ、つまりハリー・モリスの頭蓋骨の中に入れられたリシンは、その事実の告発である可能性がある。いや、おそらくは自白か。ハリー・モリスに毒を投与した人間が、このメッセージを残したんじゃないだろうか?わたしはそう考えていたんだ」




