枯骨闊歩
「人の頭蓋骨からは色々な情報がわかる。まずは年齢、歯の状態や⾻の成⻑度合いを分析すれば、おおよそ何歳ぐらいで亡くなったのか推定することが可能だ。次に性別、頭蓋骨の形状によって判別できる。そして、顔つき。⾷⽣活も⻭に残された安定同位体を分析すれば調べることが可能だ。状態が良ければ歯から抽出したDNAを鑑定することだってできる」
今屋敷蜜は両手で頭蓋骨をくるくると様々な角度に動かしながら、そこから読み取った情報を私たちに説明した。
「白骨化した人の頭蓋骨のことを髑髏と呼ぶが、わたしが持っているこの髑髏は長時間放置されて腐食や風化をしたわけではなく、薬品で人工的に皮膚や筋肉組織を除去して白骨化されたものだ。そして、保存状態に照らして考えると、この髑髏の持ち主が死んでからほとんど時間が経っていないことがわかる」
さらに、と言って今屋敷蜜は髑髏を片手に乗せて、私と猪戸亜威の方へ差し出した。
「ほら、見てくれ、表面が焦げている。この髑髏の持ち主は、生前あるいは死後に燃やされたことがわかるが、焼け具合からいって火葬された訳ではない。おそらく死因は焼死だろう」
極めつけは、と彼女は髑髏の頭頂部の骨に力を加えて器用にぱかっと外して、おわんのような頭蓋骨の底を私たちにさらした。
「見てのとおり、脳は取り出されているが、代わりに別のものが入っている」
私は気になって「頭蓋骨の上の部分はそんなふうに簡単に外れるものなのかい?」と聞いたら、「そんなわけないだろう、これは頭蓋冠という頭蓋骨のパーツのひとつだけど脳を摘出するために外されたんだ」と今屋敷蜜に説教された。
「それより、ほら」
ぐいっと彼女に頭蓋骨を押し付けられた。
凸凹したおわん状の底には、後頭部の辺りにテープで袋が貼り付けられていて、その中には少量の粉末が入っていた。
「昨夜この粉末を家で分析してみたら、タンパク質性の毒素、リシンだった。オリバー、ここまでくれば、君にもこの髑髏の持ち主に心当たりがあるだろう?」
私は今屋敷蜜が言わんとしていることを察して、驚愕して立ち上がった。
「わたしはその事実がわかってから、スコットランドヤードに電話して、彼の墓を調べてもらったんだ。彼はカトリックで、遺体は火葬ではなく土葬されたそうだ。そして、墓には掘り起こされた痕跡があった。しかし彼が奇跡の復活をとげたわけではない。棺の中には頭部が失われた遺体が入っていたそうだ」
私は言葉を失って、呆然として彼女を見つめた。
「この髑髏はハリー・モリスのものだ。もう一度ロンドンへ行く必要がありそうだよ、オリバー」
ぎらぎらと鈍い光を反射する彼女の目を見ながら、私は茫漠とした不吉な予感に包まれていた。




