忍びの者かと彼女は言った
「ごめんなさい!」
猪戸亜威が突然、椅子から立ち上がって今屋敷蜜にお辞儀をした。
「本当は、亜威が志願したのはお姉さまをいじめるためで、でも」
「その件ならもういい」 今屋敷蜜がそっけなく言った。
しかし、彼女はめげずに、「落ちていた竹刀を拾って後ろからおもいっきり殴ったのも亜威です!」と犯行を自白した。
「よく話してくれた、その正直さに免じて、許す」
今屋敷蜜のおざなりな言葉に、猪戸亜威は輝くような表情を浮かべて喜んだ。
私は今屋敷蜜に「君は心が広いんだね」と本心から述べたところ、淡々と「そうでもないよ、ただ興味がないだけで」と彼女は話した。
「ひどい!」
「まあ、本当にもういい、済んだことだ。もっと変な髪型にしようと思えばできたはずだからね」 彼女はいくぶん和らいだ口調で猪戸亜威に告げた。
こうして、髪を切る女の謎も解決したところで、今屋敷蜜は最後の出来事の説明に入った。
「密室から消えた大男の謎は、負傷者が出たという点で、今までのものとは一線を画す出来事だ。それに、決死隊の中には彼の口をふさぐ動機を持つ者もいた。指紋シートが証拠となって、これまで築いてきた内申に傷がついたりせっかく取った内定が取り消されてしまうかもしれない。実際、彼が救急車に運ばれたことによって指紋のことはうやむやになったし、指紋シートも人知れず処分されただろう」
「もしそうなら、黙って見過ごすことはできないよ」
私の言葉に、彼女はうなずいて同意した。
「あの時のことを順に並べてみよう、まず、被害者である推理研究部部長から着信があった。わたしたちの位置を聞いて『ちょうどいい、噴水に集合しよう』と言った。何が『ちょうどいい』んだろうか?」
「君たちが全員揃っていたことがちょうどいい、って意味では? 興味深い発見をしたから全員に話したいってことだっただろう」
「そうだね、オリバー。わたしの考えでは、全員が噴水の近くにいたことがちょうどよかったんだ。これが留意すべき点だ。そして場所といえばもうひとつ、推理研究部部長が襲われた教室だ。なぜ彼はあんな用もないところにいたんだろうか? あの教室は、噴水から見上げてまっすぐの場所だったね」
「つまり、事件発生時の位置関係が謎を解く鍵だってことだね。それと、襲われる直前のまだ元気な彼を全員が揃って目撃している、このアリバイは決死隊の中に犯人はいないという証拠になるんじゃないかな?」
この私の意見に対して、彼女は首を横に振った。「犯人は決死隊の中にいる」
私は思わず「でもそんなことはあり得ない!」と悪戯っぽく目を光らせる彼女に告げた。
「そのあとで起こったことは、怪物のような大男に襲われる彼をわたしたち全員が見て、急いでその教室に駆けつけた。時間にして三分ほどだろう。ここで留意すべき点は二つ、わたしたち全員が大男の存在に違和感を感じた。そして、移動中に地震が起こったことだ」
「私には、その大男だけは、現実離れした心霊現象のたぐいに感じてしまうよ。でも、君は当然否定するんだろうね」
すると彼女は意外にも「あの大男は人間じゃないのさ」と答えた。
「そして最後に起こったこと、わたしたちが教室に駆けつけた時には、大男は姿を消して、推理研究部部長は密室で血を流して倒れていた。答えを言うとね、オリバー、大男はあの時、まだ教室の中にいたんだ。天井に張り付いてたのさ」
「まさか!」私はすっとんきょうなことを言う彼女に抗議した。「怪物の忍者だとでも言うのかい?」
彼女は笑った。「忍者とは面白いことを言うね、隠れみの術という絵を使って背景に同化する忍術があるらしいじゃないか? ふむ、なるほど、ほぼ正解だよオリバー!」
私は今度こそ彼女が冗談を言っていると思って、お手上げのジェスチャーをした。
「おやおや、わたしは本当のことを言ってるんだよ! しかし、隠れみの術というやつは、馬鹿馬鹿しいほど単純な仕掛けだけど、案外気づかないものかもしれないね。君は、だまし絵というものを見たことがあるかい? あれは、人間の錯覚を巧みに利用するもので、子どもだましと馬鹿にできないよ、実際、大人だってだまされるんだからね」
私は彼女の与太話だと思って「見たことないよ」と流した。
すると、猪戸亜威が「ああ! なるほど、わかりましたお姉さま!」と声を上げた。
「そう、この世ならざるあの怪物の大男は、二次元の存在だったのさ」




