がっかりしたかいと彼女は言った
次の出来事は、と彼女は説明を続けた。
無人の施錠された部屋に置かれた今は亡きインドの殺人鬼の肖像画が、少し目を離した隙に赤い涙を流していた、というものだ。
「もちろん、心霊現象のたぐいではない。流れていたのはビシュヌ・パリカールの血ではなくてインクの一種だったんだからね」
今屋敷蜜は猪戸亜威に視線を送った。
「亜威も幽霊なんて信じませんが、ひとりでに涙を流してたんですよ! お化けじゃなければインドの黒魔術です!」
ここは譲れないというように、彼女は身を乗り出した。
「亜威の体も、勝手に動かされたんだから」
「一見不可能に思えるし、ともすれば人ならざるものの仕業に見えるけれど、種がわかれば単純な話で、馬鹿馬鹿しく感じるだろうね」
今屋敷蜜は思いついたように「真相を明かしてがっかりしてもらう前に、もう少しヒントを出そう」と提案した。
「昨日のあの出来事があったあと、肖像画は施錠した美術室に置かれたままになっていたけど、今日の昼休みにわたしが美術室に行ってみると、ビシュヌ・パリカールは血の涙をまったく流していなかったんだ」
そう彼女は新たな不可思議を付け加えてから、さらに続けた。
「放課後になってここに来る前に、美術室に足を運んだら、彼の顔にはうっすらと赤い線が浮かんでいた」
私と猪戸亜威は、思わず顔を見合わせた。
「君の言っていることがよくわからないよ。つまり、あの肖像画は泣いたり泣かなかったりするのかい?」
今屋敷蜜は「そう、正確には、夜になると血の涙を流すんだ」と笑った。
私は、彼女がからかっているのかと思ったが、そうではなくそれは事実なのであった。
私たちの反応を楽しんでから、彼女は涙を流す肖像画の種明かしをした。
「気づかなくても落ち込む必要はないよ、ただ知っているかどうかの問題だからね。微妙な温度差によって無色から赤色に変わるインクがあるんだよ。その変化する温度と色は細かい調整が可能なんだ。わたしが目を離した隙に、そのインクをさっと塗りたくっただけの話だ。おや、その顔! やっぱりがっかりしたみたいだね、でもわたしのせいではないよ」
彼女は私の表情を見て、落胆したと感じたようだった。しかし肩透かしを食らったのは事実だ。
「人は自分の理解できなかった事実が単純な仕組みによるものだと知った時、それを馬鹿にする。だからマジシャンは種明かしをしないんだ」
それから彼女は「科学と心霊現象は表裏一体だね。それに、わたしはミステリーとオカルトは相性がいいと思っていてね、ディクスン・カーが好きなんだ」と珍しく好みを語った。
「今度読んでみるよ」と私は答えた。
「それで、肖像画に細工した犯人はわかっているのかい?」
「君にも予想がつくだろう」と言った彼女は、この件も表沙汰にするつもりはないようだった。
「コンクールには出せなくなってしまったけど、あれはあれで気に入ったよ。飽きるまで家に置くとするさ」
これで黒板の脅迫文、血の涙を流す肖像画の謎は解けた。
残すは、密室から消えた大男の謎だ。
「さあ、次へ進もう。今日はもう一回がっかりしてもらわなきゃならない。でもそのあとで、今日わたしがここへ来た本題を聞いたら、きっと驚くと思うよ」




