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今屋敷蜜の探究  作者: ブーランジェ
予期せぬ再会
33/62

退屈な出来事だと彼女は言った

今屋敷蜜いまやしきみつは左脚を上にして組んで面談室の椅子に深く腰かけて、胸の前で腕を結んで目をつむって、静かに猪戸亜威ししどあいの話に耳を傾けていたように見えた。


前日に起きた校内での五つの出来事のあらましを猪戸亜威が長々と語り終えて、インド人の怨霊の仕業に違いないですと締めくくると、今屋敷蜜は胸を反らせて両手をぐっと天井に持ち上げ、あくびをして、片目を開いて頬に涙を一筋つたわらせた。


「昨夜は考えごとをしていてあまり寝てないんだ」と彼女はあくびについての申し開きをした。


私はてっきりこの謎について考えていたんだろうと早合点して、すると謎は解けたんだね、と聞いたら、考えていたのは全く別のことさと彼女は言った。


「でも、その退屈で単純な出来事の説明ならしてあげてもいいよ」


猪戸亜威が笑顔でハンカチを差し出して、今屋敷蜜は受け取って涙を拭いた。


「それで、オリバー、君は今の話を聞いて、昨日の出来事についてどう考えている?」


私は今聞いたばかりの出来事について、納得のいく説明が付けられるかどうか試してみた。


「悪霊がやったのではないとするなら、犯人は外部の人間、君たちが目撃したその大男ってことになるんじゃないかな」


「どうしてそう思うんだい?」と今屋敷蜜。


「だって、決死隊の五人には、君が描いていたビシュヌ・パリカールの肖像画に細工をする暇はなかっただろう。それに、西側校舎三階の教室で推理研究部部長が襲われたときにも君たちは全員一緒にいた」


なるほど、と彼女は相槌を打った。「ほかの出来事についてはどうだい?」


「黒板の脅迫文については、外部の人間が犯人だとすると、君が進級する前の一年A組の教室に書かれていたことにも納得がいく」


それは亜威ちゃんが言っていた通りだね、と私は付け加えた。


「それに、君は後ろから不意討ちされたけど、段位三段の剣道部主将を気絶させたんだから、体格のいい大人だと考えるのが自然だ」


そして、あと一つの出来事。私は今屋敷蜜に熱い視線を送る猪戸亜威をちらりと見た。


「その件はいい」と今屋敷蜜は短くなった毛先をつまんで気にする素振りを見せた。


「わたしと剣道部主将が倒れていたことも除外してくれ」


私がその理由を尋ねると、彼女は「彼とは真剣勝負だったのさ」とだけ説明した。


「オリバー、君の推理はぜんぜん駄目だ。でも無理もないね、情報が足りてないんだ」


私は期待はしていなかったが、猪戸亜威からも「人間が犯人ならどうやって密室の肖像画と推理研究部部長を殺したんですか」と指摘されて、答えられずに落ち込んだ。


「でも、彼は死んでないよ」と私は訂正した。


「まず、前提を改める必要があるんだよ、オリバー。決死隊はわたしを嫌がらせから守るために結成されたんじゃないんだ、むしろその逆だ」


嫌がらせではなくて、彼女自身の行動の結果だということは、あらましを聞いている最中の彼女のジェスチャーからも理解できた。


「逆とは、どういうことだい?」


「つまり決死隊の五人は、騒動に便乗して、わたしに嫌がらせをするために集まったというと少し語弊があるけれど、簡単に言えばそういうことさ」


ぎくり、と猪戸亜威が身じろぎした。「お、お姉さま、亜威は決してそんなつもりでは」


彼女の懇願するような視線を無視して、今屋敷蜜は続けた。


「五人の決死隊員に、五つの出来事。この数の一致は偶然ではないんだ。ここまで言えば、オリバー、君にもわかるんじゃないかな?」


それで、私にもなんとなく事件の全体像が見えてきた。しかし問題が解決したわけではない。特に、密室の謎がある。


今屋敷蜜が立ち上がって、あてもなく室内を歩いた。彼女は推理をしている最中は一人で亀のようにじっと引きこもっているのだが、それを披露する時にはじっとしていられないたちなのだ。


「順番に説明しよう、まずは黒板に書かれた脅迫文の件だ。あれは全員に可能だった。授業が終わって生徒が帰宅したあと、決死隊が集合する前に書けばいいんだからね」


でも、と猪戸亜威が口を挟んだ。「一年A組に書いたのはどうして?」


「そんなもの、疑問でもなんでもない。推理研究部部長の行動を予測していただけさ。もし予想が外れたとしても、あとで黒板の文字を消せばいいだけだ」


つまり、五人の誰かがやったということだ。


「誰が書いたのかはわかっているのかい?」


彼女はうなずいた。「でも、明らかにすることに意味はないね。くだらないただの悪戯だ」


「私には、昨日の出来事が互いに関連しているように思えるけど、決死隊のメンバーが示し合わせて行ったことなのかな? 例えば、黒板に書かれていた文字は『この恨み必ず晴らす』だし、ビシュヌ・パリカールの肖像画に血の涙を流すなんて、偶然にしてはできすぎてる」 私は疑問を口にした。


今屋敷蜜はゆっくりと首を横に振った。


「ただの偶然だよ、オリバー。彼らがあの『毒の色彩事件』を知っているとは考えられない。たまたま私があの男の肖像画を描いていて、たまたまあの脅迫文を使った、それだけだよ。連続して起きた独立した出来事を結びつけて考えてしまうのは捜査の初歩的なミスだ」


「では、どうしてあの脅迫文を使ったんだろうか? そもそも動機は、本当にただの嫌がらせなのかい?」


「動機は、嫌がらせと言えばその通りだけど、わたしが勉強に集中できないように他のことに気をらすのが目的だったのさ。脅迫文の内容はなんでも良かっただろうね」


つまり、犯人は、私にも予想がついた。


「君は犯人を明らかにするつもりはないようだけど、採取した指紋があるじゃないか。私はてっきり、推理研究部部長が襲われたのは指紋が関係しているんじゃないかとも考えたんだけど」


今屋敷蜜はわたしを見つめてから、うなずいた。


「あの指紋シートは、犯行の動機になり得るものだった。おそらく彼は、美術室のわたしが描いた肖像画周辺の指紋も採取していただろう。つまり、二人、彼を襲撃する動機を持つものが決死隊内にいることになるね」

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