大男
美術室に一人で残っていた推名探から絵野沢美知子に着信があったのは、医務室の先生が校舎へ引き上げて、間もなくの頃だった。
その時、他の決死隊員と今屋敷蜜の五人は、L字型の校舎の、中庭の中間地点、つまり北側校舎と西側校舎に挟まれる位置に集まっていた。
推名探はその現在地を聞いて「それはちょうどいい、実は興味深いものを発見したから、その近くにある噴水に集合しよう」と指示を出した。
彼の言う噴水は五人の目と鼻の先だったので、一分とかからず移動して、興味深い発見とは一体なにかと考えながら推名探が到着するのを待った。
その場所から西側校舎を見上げると、美術室が斜め上方に見える位置で、学修一がたまたま視線をやると、美術室の明かりは消えていた。
すると、今度は学修一の携帯電話が鳴って、表示を見るとまた推名探からだった。
「殺される! 助けてくれ!」
通話ボタンを押して耳に当てると同時に、携帯電話越しに叫び声が聞こえた。
「上だ!」 という声も全員に聞こえたので、揃って西側校舎を見上げた。
美術室の明かりは相変わらず消えていたが、その代わりに、一同の真上に当たる二つ隣の部屋の電気が点いていて、その窓に推名探の姿があった。
それだけではなく、彼の隣には二メートルを越えるような大男がいて、恐ろしい形相を浮かべて推名探に掴みかかっていた。
もう一度叫び声が響いて、窓の向こうの彼の手から携帯電話が落ちるのが見えた。
続いて、通話口から床に落ちる衝撃音。
誰かが「急げ!」と号令を出して、全員で西側校舎に土足のまま駆け込んだ。
すると、その時、タイミングが悪く地震が起きた。
深度三程度の揺れだったがぐらっと地面が揺れて、全員がわずかに足を止めた。
この地震が推名探の命運を分けることになった。
まだ揺れがおさまらないうちに、階段を登るのを再開し、問題の美術室の二つ隣の教室前にたどり着いたのは噴水を駆け出してから三分と経っていないはずだった。
しかし、既に大男の姿はなく、推名探は内側から鍵が閉められた部屋の中で頭から血を流して倒れていたのであった。
あとから判明したことだが、その教室の鍵は二本とも気絶した推名探の学生服のポケットから見つかった。
彼を発見した五人は、職員室のキーボックスに鍵がないことがわかると窓を割って廊下側からドアの鍵を開けた。
彼は頭を強く打って出血しており、救急車で運ばれていった。
室内は争ったかのように机と椅子が倒れていて、隠れられそうな場所も含めてくまなく中を調べたが他に誰もおらず、窓もすべて内側から施錠されていて細工の跡などはなかった。
もちろん、秘密の抜け穴のようなドアと窓以外に人が出入りできる箇所は存在しない。これは肖像画が置かれていた美術室も同様である。
こつぜんと部屋から姿を消した大男の姿は、五人全員が目撃した。
その大男の印象として、怪物のような憤怒の表情でまるでこの世の存在ではないような、輪郭がくっきりと空間から浮かび上がったような奇妙な違和感を感じたと全員が述べた。
これが、その事件の翌日に、私の事務所で猪戸亜威から聞いた事件のあらましである。
これら学校で起こった五つの出来事。黒板の脅迫文、血の涙を流す肖像画、校庭に倒れた男女、髪を切る女、密室から消えた大男の謎について、猪戸亜威は、すべてインド人の怨霊の仕業であると説明した。
すると、今屋敷蜜は笑って「わたしはそんな些細な出来事を話に来たわけではないんだけどね」と前置きをして、あっさりと解明してみせたのである。




