絶叫
黒板の脅迫文を書いた者がこの教室の中にいるとしたら、あとは全員の指紋を取って黒板の指紋と照号すればその悪事は明るみに出ることになる。
しかし誰もそれをしようとは言い出さなかった。
彼らは臨時的にとはいえ同じ目的のために集まった仲間であり、内心では疑っていたとしてもそれを口に出すのは関係の破壊を意味していた。
そのため、いずれ明らかにしなければならないとしても今回の捜査を中断することなく最後まで進めることを全員が優先した。
示し合わせたわけではないにもかかわらず、一見不合理に思えるこの判断をそれぞれが下したのだった。
次の事件現場は、今屋敷蜜の美術室のロッカーに髑髏が置かれていたというものだったので、もう一度美術室へ戻ることになったのだが、それに対しては学修一がひと言「段取りが悪いですね」と小言を漏らした。
絵野沢美知子が、「その置かれていた髑髏自体は捨ててしまったのでしょう」と続けたが、推名探は現場へ行くと言って譲らなかった。
すると今屋敷蜜が「わたしは捨てられた髑髏を探して来ますので、ふた手に別れましょう」と提案した。
たしかに髑髏が見つかれば大きな手がかりになると決死隊の面々にも思われたが、捨てられた場所が校舎裏の林の中とだけで大ざっぱで捜索は困難が予想された。
「俺も行こう」と剣持将人が名乗り出て、結局二人が髑髏を探しに出ることとなった。
美術室へ向かうグループ四人は廊下で今屋敷蜜と剣持将人の背中を見送ったあと、推名探が「僕たちも行きましょうか」と意気消沈してため息をついて、西側校舎三階美術室へ向かった。
その日はグラウンドでクラスごとに選抜リレーの特訓を行っていたが、それももうそろそろ引き上げる頃合いで、活気もまばらになっていた。
校舎内には決死隊の四人のほかに人影は見えず、廊下の明かりも点けられていなかったため、世界全体が薄暗く、帰宅時間を思わせた。
猪戸亜威の脳内にはドヴォルザークの新世界より第二楽章ラルゴの主旋律が流れていた。口ずさんでいたかもしれない。
西側校舎の階段を三階まで登ってから、美術室の施錠されたドアを開けるために絵野沢美知子がポケットに手を入れて鍵を探しながら歩を進めた。
その後ろを推名探と猪戸亜威が、最後に学修一が階段で少し息を切らせて続いた。
解錠中の美術室のドアの前に立って、窓越しに正面を見つめて、その先に置かれたインド人の肖像画が猪戸亜威の目に入った瞬間、彼女の体に戦慄が走った。
校舎中に猪戸亜威の悲鳴が響いた。彼女には、インド人が血の涙を流しているように見えた。
猪戸亜威に続いて絵野沢美知子も推名探も学修一も悲鳴をあげた。
たしかに窓の向こうの画架に置かれたインド人の肖像画の両目の空白から赤色の二本の線が流れ落ちていた。
彼女らには知るよしもなかったが、今屋敷蜜に謀殺された連続殺人犯ビシュヌ・パリカールの恨みが、血の涙となって現世に具現化したかのようだった。




