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今屋敷蜜の探究  作者: ブーランジェ
予期せぬ再会
24/62

再会

面談室のドアをノックして、事務員の清水夢衣可しみずゆめかが学生服姿の今屋敷蜜いまやしきみつを連れて入室したのは、「毒の色彩事件」から二ヶ月ほど経った五月中頃のことだった。


この時期の私は、離婚手続を終えて心機一転新たに生活を始めたばかりで、今屋敷蜜とは何度かメッセージのやり取りをしていたが、会うのは帰国して以来だった。


「受付の清水さんとは順調なようだね、今夜はデートなんだろう?」


事務員が退室するのを待ってから、今屋敷蜜が開口一番に告げた。それは図星だった。


「またそんなことを! どうしてわかったんだい?」


彼女は涼しい顔をして「ふたりの顔を見ればすぐにわかるよ」と答えたが、私には顔に出ていたとは思えなかった。


「君は相変わらず鋭いね、元気そうで何よりだよ。ところで、そちらの方は?」


今屋敷蜜の後ろには、遠慮がちにたたずむ同じ制服姿の女の子がいた。


「こんにちは、ひゃあ! 緑色の目!」と私の目を見て大げさに驚いてから、「猪戸亜威ししどあいです」と名乗った。


「外国法事務弁護士のオリバー・オースティンです、ちなみにイギリス人です」


私が笑顔を作って右手を差し出すと、彼女はぎこちなく握手をした。


今屋敷蜜が友達を連れて来るとは夢にも思わなかったので、それ自体は嬉しかったが、私はどう対応すべきなのかわからなかった。


「オリバー、その人はストーカーだ」と今屋敷蜜。


「その人なんて、ひどいです! お姉さま、亜威と呼んで下さい!」と猪戸亜威が声を上げたが、ストーカーと呼ばれたことについては特に否定しなかった。


「君みたいな妹が生まれた覚えはない」今屋敷蜜は冷たく言い放ち、目を細めた。


猪戸亜威は今屋敷蜜の後輩ということだったが、背は亜威の方が高くてスタイルがよく、今屋敷蜜とはタイプが違うが誰もが美人と言うだろう。


「オリバー、じろじろ見るのはよせ、その人は学校のマドンナ的存在だから無理はないけど、清水さんに報告するぞ」


そんなつもりはなかったのだが、彼女に指摘されて私は急いで視線を移した。


当の本人は気にした様子もなく「せめて、苗字でもいいから名前で呼んで!」と今屋敷蜜の呼び方にこだわっていた。


「なんだ君、なれなれしいな。呼ぼうにも忘れた」


「ひどい!」


今屋敷蜜は初めから猪戸亜威に対してとげとげしい対応を見せており、ストーカーという評価も気にならなかったわけではないが、面談の時間も限られていたので私は話を進めた。


「それで、今日はどうしたんだい? 制服姿なのもそうだけど、髪型も変えたんだね」


今屋敷蜜の髪型は、ばっさりと短く切られてショートヘアになっていた。以前とは随分イメージが変わったが、彼女には似合っていた。


「わたしが気絶している間に、その人に切られてしまってね」


それを聞いて、私は驚いた。「なぜそんなことを?」


「そんなこと、もう忘れました」猪戸亜威はつんとした表情を見せた。


私は、どうやらこの子もひと癖ありそうだと確信した。


「まったく! 犯罪者の素質があるよ、その人には! というよりも既に傷害罪だ。まあ、どうやら君の表情から察するに、変な髪型にはなっていないようだからよしとしよう」


「さすがお姉さま、心が広い!」


以前から感じていたことだが、今屋敷蜜はお世辞に弱いたちのようだ。猪戸亜威が彼女を褒めて拍手をすると、まんざらでもなさそうに頬を緩めた。


「わたしの通っている高校で、奇妙な事件があってね。オリバー、君の意見が聞きたいと思って学校帰りにここに来たんだ。そしたら、その人が校門の前で待ち伏せをしていてね。振り切れなかった」


「お姉さま、本気の全力で逃げるんだから、びっくりしました」


「いや、それはこっちの台詞だろう。何者なんだ、君は?」


「お姉さまの妹です!」元気よく告げて、猪戸亜威は目を見開いて握りこぶしを作った。


「会いに来てくれるのは歓迎だけど、どうして私の意見を?」と尋ねたら、今屋敷蜜は「なんとなくだ」と答えた。


「とにかく君に聞いてもらいたいんだ。その奇妙な事件というのはだね、事の発端ほったんは、わたしが平和な学校生活を送っていたところ、ある出来事があって」


彼女は説明を始めたが、どうも歯切れが悪く、ちろりと猪戸亜威を見た。その視線を、説明を任されたと受け取ったようで、いいところを見せようとばかりに猪戸亜威が話し始めた。


「ことの発端は、お姉さまに対する姑息こそくな嫌がらせがあったことなんです。もちろん、亜威は今ではお姉さまがいじめなんかで動じるような繊細なお姉さまではないことを知っていますが、お姉さまは学校では可憐かれんな美少女で知られていて隠れファンクラブもあるほどです。まあ、亜威にもファンクラブはありますが、今では亜威こそが学校で一番お姉さまが好きだという自信があります」


今屋敷蜜は諦めたように目を閉じてため息をついた。


「その姑息な嫌がらせというのは何かといいますと、まず、お姉さまは美術部に所属しているのですが、その製作に集中している凛とした表情はお姉さまファンクラブの中でも特に評価が高いポイントです。その集中したお姉さまによって創造された作品は至高の一言で、お姉さまが製作中に気まぐれで投げ捨てた抽象画には三万六千六百九十円の値が付いたほどです」


今屋敷蜜はあくびをした。


「ある日、お姉さまが三週間かけて創造していた芸術作品がずたずたに引き裂かれて破壊されるという嫌がらせ、いえ、事件が起こりました。その壊された作品は、お姉さまが目にして悲しまれないようファンクラブで適切に処理したらしいのですが、それが第一の事件です」


今屋敷蜜は意味ありげに私に目配せをして、短く首を横に振った。


「第一のということは、他にもあるんだね?」


「そうです。第二の事件は、こともあろうに教室にあるお姉さまの机に起こりました。学年トップの成績を持つ博識なお姉さまにとって高校の授業など簡単すぎるのですが、そのような退屈な授業にもお姉さまは気を強く持って受けるようにしています。ただ、たまに机に伏せていることもあるようです。その机に、ある日、彫刻刀が突き刺さっていたそうです。その机はファンクラブの会員のものと交換することによって、お姉さまの目に入らぬよう処置されました」


今屋敷蜜は、うつろな眼差まなざしで携帯電話を取り出してゲームを起動した。


「第三の事件、これは命に関わるものでした。その日、ファンクラブの親衛隊の一人が、お姉さまの鞄の中に白い粉末が入った小瓶が入れられていることを発見しました。命をして毒味をしたところ、その隊員は病院へ運ばれて集中治療室で数日間生死の境をさまよいましたが、一命は取り留めました。もちろん、大ごとになってお姉さまの耳に入らぬようこの事実は隠し通されました」

 

今屋敷蜜はこの話を聞いて、大変驚いた表情を浮かべていた。


「身も震え上がるような第四の事件、ファンクラブの親衛隊の一人が美術部のお姉さまの神聖なロッカーを開けたところ、その中に髑髏ドクロが置かれていました。お姉さまが怖がらないよう、ファンクラブが校舎裏の林の中に投げ捨てました」


今屋敷蜜は今度は神妙な顔をして聞いていた。


「第五の事件、これはつい先月のことですが、校内に見知らぬ大人がうろついているのをたまたまファンクラブが見つけて、興味本位であとを着けたところ、靴を履き替えて校舎から出てきたお姉さまを車に乗せて連れていきました。お姉さまは以前学園祭の催しで男子柔道部の主将を投げ飛ばすという離れわざをやってのけるほどの神の守護を受けているので、みな無事を信じてはいましたが、お姉さまは一週間学校へ来ませんでした。その後、無事に登校する姿を見てファンクラブ会員は安堵あんどの涙を流しました」


そこまで一気に話し終えると、亜威はふうーと息を吐き出し、エアコンの効いた部屋でひたいを手の甲でぬぐって、一呼吸おいてまた口を開いた。


「そこまで来て、ファンクラブもこれ以上は手をこまねいていられないと一大決心をして、有志を募りました。こうして、お姉さま決死隊が結成されたのです」


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