真相
「終着点?」
思いがけない台詞に、私は彼女が何の話をしているのかわからなかった。
彼女は頷いて「すべて解決した」と言った。
「オリバー、君もハリー・モリスの事件について真相を知りたいだろうね」
「真相がわかったって言うのかい? 正直に言って、私には何がなんだかわからないよ」
昨日、ロンドンで一緒に火災現場を見て、友人のエリオットから話を聞いた時には、彼女はまだ真相に辿り着いていなかったはずだ。
インドに来てからは、ビシュヌ・パリカールと数分会っただけだ。
そのわずかな間に、彼女は事件を解決したというのだ。
「君の持っていないパズルの最後の一欠片を教えてあげるよ。それは焼死したハリ―・モリスが、どこに出掛けていたかということだ」
「度々家を空けていたと友人のエリオットが証言していたね。行き先がわかったのかい?」
「うん、実は、今朝の電話でわたしも知らされたんだけどね。スコットランドヤードには、毒物検査と一緒にモリスの足取りを調べるように依頼していたんだ」
「もっと早く教えてくれたらよかったのに! それで、モリスはどこに?」
「ここさ」 と彼女は答えた。
「モリスは恋人が殺されてしばらく経ってから、頻繁にインドを訪れるようになっていた。友人にも内緒でね。ちょうど一年前のホーリー祭の時期にも訪れている。しかし、祭りには参加せずに前日に帰国した」
「モリスは一体なぜそんな行動を?」
「それが、この事件の核心なんだ」
彼女は私の隣に来て、窓枠に手をついてアラビア海を眺めた。
「ところでオリバー、君は、モリスの焼死についてどう考えている?」
彼女の質問に対して、私は自分でも納得のいく考えを持っていなかったが、一番ありそうな答えを返した。
「あのビシュヌ・パリカールが証人を消すために、手下を使って殺したんじゃないかい? まず、毒を飲ませて、しかし殺すのに十分な量ではなかったから、苦しんでいるモリスにガソリンをかけて火をつけた。どうかな」
彼女は首を横に振った。
「違うよオリバー、現場は密室だった。不可能を除外して残ったものがたとえあり得そうになくても真実だ。モリスは自殺だ」
「自殺?」 私も当然その可能性については考えた。
「壁に文字を書いて、自分で毒を飲んで、自分で火をつけたってことかい? なんでそんなことを」
「あり得そうもない事柄、そこに説明をつけられるか、やってみよう」
彼女は体を反転して、窓枠に寄りかかった。
「モリスは恋人を殺された。そして、彼の精神は怒りに支配されていた。彼は復讐を計画した。ビシュヌに送られた毒物はモリスがやったことなんだよ」
ヒースロー行きの機内で、私がインドへ行く理由を尋ねた時に、一週間ほど前にインドの金持ちに毒物が入った封筒が送られたと彼女は話していた。
それは、モリスがビシュヌに送ったものだったのだ。
「わたしには特殊な情報網があってね、普通なら表に出ないような極秘情報も手に入る。まあ、毒物の件はディティがSNSに流出していたんだけどね」
「ディティ巡査が?」 彼は車内でも口を滑らせていた。
「ビシュヌに送られたのはトウゴマから抽出されるタンパク質性の猛毒、リシンだよ」
「たしか、モリスの死体から検出されたのもタンパク質性の毒素だったね」
彼女は同じ毒物だよと頷いた。
「しかしモリスの復讐は失敗した。リシンは猛毒だが、血液へ投与するか肺から吸入しないと十分な効果を発揮しないんだ」
ところが、と彼女は続けた。
「モリスは発症した。神様は残酷だね、リシンによる毒には治療法がない。毒は体内のタンパク質合成を停止させ三日程で死に至る」
恋人を殺した男は助かり、自分は死ぬ。
「絶望したモリスは自分に火をつけた。壁に字を残したのは、誰かに伝えたかったのかもしれない」
これが、今屋敷蜜の話すハリ―・モリス焼死の真相だった。
「すると、ビシュヌはモリスの死には関わってないんだね?」
「残念ながらね。ビシュヌ・パリカールはいつか報いを受けるだろう。でもモリスは自殺だ」
私は窓の外に視線を向けながら、ハリ―・モリスの無念を想った。
「いつからモリスが自殺だってわかってたんだい?」
「焼死体になった人物が、恋人を殺したインドの殺人犯にリシンを送ったあとで、失意の自殺をしたんだということは、日本でHOLMESの捜査記録を閲覧したとき時から予想がついていた」
私は驚いた。それじゃあ、彼女はどうしてわざわざ私と契約をして、ロンドンとインドに飛んだのだろうか?
「ハリー・モリスの焼身自殺は、恋人が殺されてから始まったこの一連の事件の幕間劇に過ぎなかったんだよ」
そして彼女は、この事件の核心を語り始めた。
「モリスはいつリシンの毒に発症したのか?」




