面会
「ディティ、そのビシュヌ・パリカールを狙った毒物というのは、警察で分析をしたのかい?」
今屋敷蜜のこの質問は、ディティ巡査からの回答を得られなかった。
つい今まで上機嫌に喋っていた彼は、失敗を犯したというように顔を歪めて、黙りこくってしまったのだ。
「ビシュヌ・パリカールは聞くところによるとかなりの悪人らしいじゃないか、命を狙われたって不思議はないね」
彼女は誰にともなく言ったが、返事はなく、ディティ巡査は無言で運転を続けるだけだった。
毒と聞いて、私は思い出した。
ハリー・モリスの焼死体からタンパク質性毒素が検出されたというスコットランドヤードからの報告だ。
ビシュヌ・パリカールを狙ったという毒物と、なにか関連があるのだろうか?
今屋敷蜜が言うように、ビシュヌが恨まれているのはわかるが、ハリー・モリスにも命を狙われるような理由があったのだろうか。
いや、ビシュヌ・パリカールはモリスの恋人を殺した罪で裁判にかけられているのだから、証人を消すためにモリスを殺したということは考えられるのではないか?
友人のエリオットもその考えが頭にあったに違いない。
もしそうなら、二つの毒には関連がないということになる。
それにしても、ディティ巡査のこの様子。毒物のことを聞かれて急に口をつぐんだのはなぜだろうか。
そのような考えを頭に巡らせているうちに、私たちを乗せた車はディフェンスコロニーのパリカール邸へ到着した。
インドの殺人鬼と評された男は、その二つ名に恥じぬ粗暴な風体をしていたがその黒い激情は表に出さず内に留めていた。
まずは静かに色付眼鏡で覆い隠した視線で来訪者を観察していたが、今屋敷蜜が部屋に入ると同時に、男の意識にわずかに変化が生じたことが私には感じられた。
部屋には無造作に拳銃が転がっていて、部屋の中に不吉を放っていた。
ビシュヌ・パリカールはこの予期せぬ訪問に興味を持った様子で、一言「何の用だ」と告げた。
「毒物が入った封筒があなたに送られてきた件について、詳しく話を聞こうと思いまして」
今屋敷蜜は名乗ったあとで、そう口にした。
男は黙って、青ざめた顔をしたディティ巡査に顔を向けた。
数秒、沈黙が部屋を漂った。
彼女は毒が封筒で送られたと言ったが、ディティ巡査は車内で押し黙っていたため、彼から聞いたわけではない。
「毒なんかよりもっといいものがあるぜ。あんた日本人だろ? これまでにない快感が味わえるぜ、どうだ試してみるか」
ぞっとするような柔らかい声で誘惑するビシュヌに対して、私は嫌悪感が溢れるのが抑えきれなかった。
「いえ、いえ! わたしは毒物に興奮するたちで、低俗な麻薬には興味ありません」
彼女はそう断って、ビシュヌ・パリカールの向かいのソファに腰を下ろした。
男はそれを興味深そうに眺めた。
「送られてきた毒をちょうだいして、科学的な分析ができればと思ってお邪魔したのですが」
ビシュヌはわずかに笑みを浮かべて「もう捨てたよ」と正面を見据えて、舐めるように顔を上下に動かした。
「あんた、俺の妻にならないか? いい暮らしができるぜ。あんたみたいな女は初めてだ」
今屋敷蜜はさっと立ち上がって「わたしはあなたみたいな人間を大勢知っている」と冷ややかな視線を向けた。
「ところで、数日前にハリー・モリスというイギリス人に会いませんでしたか?」
ビシュヌは動じる様子もなく「知らねえなそいつがどうかしたか」と答えた。
今屋敷蜜は「彼の足跡を追っているんです、もし思い当たることがあったら連絡を」と言って、インド国内のどこかの住所を書いた紙を渡した。
こうして、ビシュヌ・パリカールとの短い面会は何事もなく終了した。




