朝食
デリーに到着したのは午前八時二十分。ゴア国際空港行の乗り継ぎまでに三時間ほど時間があったので、国際線第三ターミナルのフロアにあるラウンジで、シャワーと朝食を取って眠気を覚ました。
朝食の最中、今屋敷蜜の携帯電話にスコットランドヤードから着信があって、彼女の捜査に進展があった。
昨日、エリオットから事情聴取をしたあとで、スコットランドヤードに依頼していた調査の結果報告だ。彼女は毒物検査を指示していたらしい。
「ハリー・モリスの焼死体から致死性のタンパク質性毒素が検出されたよ、スコットランドヤードは仕事が早くて素晴らしい! わたしが急ぐ必要はなかったようだ」
彼女は捜査の進展に興奮して喜びを隠せない様子だったが、コーヒーカップを持ち上げるその表情に驚きはなかった。
しかし、その新たに判明した事実は私にとっては晴天の霹靂だった。
「すると、モリスは毒を飲まされたあとに、さらにガソリンを撒いて焼き殺されたっていうのかい。もしくは自分で毒を飲んだあとに焼身自殺を?」
私の疑問に今屋敷蜜はただ首を横に振って「これでどうやらモリスが焼死体になった理由がわかったよ。それに、悪い予感が当たったようだ」とつぶやいてサンドウィッチに手を伸ばした。
その後、彼女は考え事をしたいけど空港のラウンジでは集中できないからとクレジットで支払って個室を取った。
乗り継ぎの時間が来るまで個室にいるのかと思ったが、私がラウンジで新聞を読んでいると、十五分もせずに彼女は出てきて、どこかに電話をかけている姿が見えた。
「人手がいるからスコットランドヤード経由でインド警察を動かしてもらう」と通話を終えてから私に説明した。
「それと、ゴア行きのフライトは取り止めだ。デリーにいる保釈中のビシュヌ・パリカールに会いに行く」
今屋敷蜜は平然と告げたが、私がその言葉の意味を理解するのには時間を要した。
彼女は続けて「ところで、サンドイッチとコーヒーの組み合わせは最高だと思わないかい?」と朝食の話題をした。
サンドウィッチと相性がいいのは紅茶だと私は考えているが、しかし、彼女の作戦には引っかからなかった。
機内で彼女から聞かされた話では、ビシュヌ・パリカールは最低でも二人の女性を強姦して殺害している疑いがある。それだけではなく、権力者の父を通して警察や裁判所すら思いのままに操っているふしもあるのだ。
そのような危険極まりない人物に、今屋敷蜜を会わせていいものか私は判断が付かなかった。
「まさか、危険だからやめろとは言わないだろうね? パリカールの自宅で会うことにはなるだろうけれど、インド警察に話は通すし、君が一緒にいてくれれば安心だ」
彼女の言う通り、警察と私が同席のもとで話をするだけなら、たとえ凶悪な殺人犯といえども危険はないはずだ。
それに、ビシュヌ・パリカールは保釈中の身で、裁判が終わるまでは法を犯すようなことはしないように思えた。
しかし私は、飄々とした様子で電話をしている今屋敷蜜を見ていると、一抹の不安を拭えなかった。




