デリーへ
焼死したハリー・モリスの友人、エリオットからの話を聞いたあとで、今屋敷蜜はスコットランドヤードに電話をして、真剣な面持ちで指示を出していた。
「急がないともしかしたら手遅れになるかもしれない。オリバー、今すぐ空港へ向かってインドへ飛んでもいいかい?」
通話を終えた彼女は私にそう尋ねたが、断ったら一人ででも行きそうな口ぶりだった。断る理由もないため、私はもちろん同意した。
「でも、手遅れとはいったい何のことだい?」
彼女は私の質問どころではない様子で、「今の時点ではなんとも言えないし、取り越し苦労かもしれない。なに、オリバーが心配する必要はないよ」と答えた。
しかし、そのような言われ方をされて逆に気にならない者などいないだろう。私はこの頃から、彼女の悪癖とでも呼ぶべき習性に気づいていた。
まるで、期が熟す前に思考を外に漏らしてしまうことによって推理が破綻してしまうとでもいうように、決して披露しようとしないのだ。
いったい、エリオットの発言のどの部分が彼女の予定を乱すことになったのだろうか?
私たちはヒースロー空港へ直行して、午後七時三十五分発インディラ・ガンディー国際空港行の便に跳び乗った。
「せっかくの休暇なのに、弾丸ツアーになってしまったね! 航行している間は腐るほど時間がある。デリーで乗り継ぎだから、寝るにはまだ早いけど、しっかり休もう。ほらリクライニングだから少しはましだ」
どうにか搭乗が間に合って、座席に着くと、彼女は胸をなでおろした。
インドの首都デリーへは快適とはいえない旅路だったが、彼女はできるだけリラックスできる空間をこしらえて過ごしていた。
彼女の言うように寝るにはまだ早かったので、私はハリー・モリスの事件について考えた。
まず、壁に書かれた文字だが、復元されたのは「HAPPYHOLI」の九文字だ。
HAPPYはそのままでいいとして、実はHOLIの四文字で、インドの豊作を祝うホーリー祭を意味する(エセックス警察のハリントン巡査長は知らなかった)。
その祭りでは、色のついた粉を投げ合うのだが、その時のかけ声が「ハッピーホーリー」なのだ。
その他に思いつく解釈としては、「HOLIDAYS(休暇)」か「HOLIC(中毒)」、「HOLISTIC(全体的な)」などいくつかあるが、文字は壁一面を使って書かれていたし、文字の復元に使われた検査法に今屋敷蜜は自信を持っているようだった。
今飛行機でインドに向かっていることを考えても、彼女は「ハッピーホーリー」を意味すると考えている可能性が高い。
「インドのホーリー祭とハリー・モリスがどう関係するんだろうか?」
今屋敷蜜は、私が事件の詳細について質問したのを意外そうに見て、「ハリー・モリスの恋人は二年前のホーリー祭で殺されたんだよ」とインドの殺人鬼ビシュヌ・パリカールの情報と一緒に教えてくれた。
これで壁の文字について一歩前進した。しかし、誰がどんな目的で書いたのかは謎のままだ。
私は何か手がかりになる情報があるかと思い、ホーリー祭をネットで検索してみたら、地域によっては違う場合もあるが、今年のホーリー祭は明日から二日間の開催ということがわかった。
これは偶然とは思えなかった。ホーリー祭に行けばきっと何かわかるに違いない、そう私は確信した。
考えを聞こうと思い、隣にいる彼女を見たところ、イヤホンをして音楽を聴きながら、微笑を浮かべて私を観察しているようだった。
目が合うと、何も言わずにこちら側から顔を背けてしまった(この時彼女は、私が離婚から頭が離れていることをいい傾向だと感じていたようだ)。
二年前にホーリー祭で殺された恋人、炎に包まれたモリス、インドの殺人鬼、壁の文字、密室、レッドサンダルウッドの粉末、作業机と冷凍庫、パズルの欠片が頭の中でぐるぐると回っていた。
情報が揃っていない段階で推理しようとするとかえって捜査の妨げになると彼女が言っていた。それを思い出して、私は寝ることにした。




