コリンガムロードの夕日
「もうすぐ暗くなる時間だ」
壊されたドアをまたいで焼け落ちた部屋を出て、東西を走るコリンガムロードに沿って空を見上げると、だいぶ日が傾いていた。
「わたしは焼死したハリー・モリスの友人に話を聞きに行く。その前に、インドに国際電話かメールを出す必要があるけど、わたしのつたないヒンディー語でもなんとかなるだろうから、君はロンドンの家族に会ってくるといいよ」
彼女は二年ぶりに帰国した私に気遣ってそう提案してくれた。しかし、口にすると彼女は気を悪くするだろうけれど、通訳は必要ないとはいえ異国の地で未成年の彼女を一人にするのはためらわれた。
「君が心置きなく帰省できるように、わたしはその友人宅を訪問したあとは、おとなしくホテルの部屋で今日の成果を整理していると約束するよ。明日はまたインドに付き合ってもらうことになるからね」
私の考えを読み取って、自分のことは気にしなくていいという彼女だったが、私はせっかくの彼女の申し出を断った。
「実家にはまたいつでも戻れるし、君には無用な心配だろうけど、ご両親に君のことを頼まれてるからね」
なら、君の好きにするといい、と彼女はそれ以上は言わなかった。すまないけど、急いでインドへ連絡する必要があるからと私をその場で待たせて、五メートルほど先の歩道で携帯電話を耳にあてて通話をしていた。
私はその間、煉瓦塀にもたれかかってぼんやりと考えごとをした。彼女の背中を見ていると、なぜか妻と出会った頃のことを思い出した。妻と今屋敷蜜は容姿も性格も似ていないが、気が強く行動力があるところは同じだった。
コリンガムロードに強い風が吹いて、私はコートの襟を立てた。空はオレンジ色に染まっていた。
十五分ほどして、彼女が通話を終えてこちらに歩いて来た。
「奥さんのことを考えていたんだね、オリバー」私の顔を見て、彼女が言った。「君は今、どんなことも離婚に結びつけて考えてしまう」
私の隣で塀に寄りかかって、彼女も空を見た。
「ほら、燃えるような夕日だ! 今回の休暇が、君にとってもいい刺激になればいいんだけど」
「焼死事件の調査なのに?」と私が聞くと、「ショック療法だよ、オリバー。死体を見る時間がないのが残念だね!」と笑った。




