事件現場
事件現場となった建物は、外壁が薄茶色の土壁で造られた、周囲の他の建物と比べると小じんまりとした二階建ての民家だった。
砂利が敷かれた十五平方メートルほどの庭と歩道との間には一メートルほどの高さの煉瓦塀が立てられていて、一階と二階に突き出たゆるやかな曲線の出窓が特徴的だ。
二階の窓には白いシャッターが降りているが、一階内部の様子は割られた窓越しにうかがえる。しかし、歩道からだと問題の文字が書かれた壁は確認できない。
建物の東側には裏手へ続く道が走っていて、建物の裏口は同じく一メートルほどのフェンスで囲まれていた。
表の玄関には煉瓦のアーチがあって、白い木製のドアは窓と同様に消防隊によって消火のために壊されていた。しかしそれを除けば、建物の外観からは火事があったことをにわかには判断できない。
今屋敷蜜は手始めに、玄関アーチの下でしゃがんで、破壊されたドアを調べた。
「うん、破壊された時に鍵がかかってたことは間違いない」
彼女は独り言のようにつぶやいてから、一階の窓についても割られる前に施錠がされていたことを確認した。
裏口と二階の窓は、私たちが調査に訪れた時点でも施錠されていたのであるから、消防隊が駆けつけた際には、この建物は密室だったことになる。
この点、警察の捜査記録にも両方とも施錠されており、どのドアと窓にもこじ開けた形跡はないとあった。また、建物の鍵は遠方に住む家主が持つものを除いて、全て中で発見されたのだ。
「これは留意すべき点だよ、オリバー」と彼女は言った。
事件現場を調査している時の彼女は、黒髪をまとめてキャップにしまっていたのだが、その目はらんらんと輝き、さながら獲物を前にした野生の狼だった。
次に彼女は、建物の中に残された物を素早く順番に確認していった。
私には、彼女には何か目的としているものがあるように感じられた。彼女は警察の捜査情報をデータベースで確認できるのであるから、警察が見落としているものを捜しているということになるはずだ。
一階奥にあるキッチンの戸棚に、赤茶色の粉末があるのを見つけ、彼女は驚いたように軽く声を上げた。それは何かと私が尋ねると、「レッドサンダルウッドだ、壁の文字はこれを溶かした染料で書かれた」と答えた。
二階では、また興味深い物を発見したようだった。
雑然とした部屋の中できれいに片付けられた広い机があり、私には誰かがそこで何らかの作業をしていたように感じられた。
もし他殺だとしたら、ここに置かれていたものは殺された際に犯人に持ち去られたのだろうか?
床には空っぽのビンが転がっていた。他に変わったものといえば、なぜか小型の冷凍庫が近くに置かれていたのが気にかかった。
最後に、謎の文字が書かれた一階居室西側の壁を調べた。聞いていたとおり、大文字で大きく「H・A・P・P・(Y)・H・(O)・L・(I)」(ただし括弧内は復元でわかった文字である)と灰色のかすれた跡が焦げた壁紙一面を使って残されていた。
彼女は文字の書かれた高さを正確に測っていたが、その様子からして新たな収穫はなさそうだった。
ちなみに、その高さは焼死体となったハリー・モリスが腕を上げてちょうど文字の頂点に届く位置だったが、偽装は可能なため決め手にはならないだろう。
こうして、今屋敷蜜の現場調査は終わった。




