第9話 凶刃
遠目にヒノカとクレイスが何かを言い争っているのが見えた。
会話の内容こそ分からないが、かなり深刻そうな雰囲気だ。
「ここしかねぇな!」
その光景から目を離し、危険な行為だが覚悟を決める。
この混乱に乗じてクレイスを殺す。
ロンドは腰袋の中から、小瓶を取り出しその中身をぶち撒けた。
後は、流れ次第だが、上手くやればいい。
あの女の全てを貪り尽くして、いつでも股を開く従順な女にしてやる。
ドス暗い笑みを浮かべ、悪意が世界を塗り替えていく。
<魔寄せの香>
魔物を引き寄せる興奮剤。
それは本来、テイマーなどが弱い魔物などを大量に確保したいときに使うものであり、その危険性から使い道が極めて限定されている。ましてや、このような魔物の巣窟である森で使うなど常軌を逸した行動と言えた。
だが、ロンドは既にそんなことなど考えられなくなるほど、欲望に支配されていた。
◇◇◇
ヒノカの後を追い、ロンドと駆け出す。
「何故だ! 何故いきなり魔物がこっちに!?」
「分からねぇ。クレイス何か気づかなかったか?」
「いや、突然気配がこっちに……!」
「――ッチ! 思ったより数が多いな。なんだフォレストウルフか?」
魔物の気配はクレイス達を執拗に追いかけてきている。
まるで狙いを定めているかのような正確さだった。
(おかしい! これほど正確に向かってくることなんてあるのか? まるで何かに引き寄せられているような……)
呪いやアイテムなどで魔物を引き寄せる効果を持つモノがあるが、それをこんな場所で誰かが使うとは考えられない。だとすれば他に何か魔物を刺激して引き付けるようなナニかがあるはずだ。
そう、まるで血のような――――。
「しまった!」
「どうしたクレイス?」
魔物はクレイスの血の匂いに反応していたのだ。
急な事態で回復するのを忘れていた。クレイスの右腕からは未だに血が流れ続けている。
「すまない、俺の所為だ! 魔物は俺の血の匂いを追ってきている!」
「クレイス! いつお前怪我したんだ?」
「――ッ! スマン、俺の不注意だ」
パーティーメンバーには、仲間であるヒノカに斬られたとは到底言えない。
俺とは最後でも、ヒノカはこれからもこのパーティーで冒険者を続けていくのだ。ヒノカの立場を悪くするようなことを言えるはずがなかった。
(クエストに影響が出るようだと、もう無理だな……)
それはまさに今の状況を指し示していた。
ヒノカに斬りつけられ、それが原因で魔物を集めてしまった。
こんなことが起こるようなら、今後続けていくことは不可能だ。
悲しいが、それが厳然とした現実だった。
血を流しすぎたからだろう。右手の握力が弱くなっている。長くは剣を振れない。
「敵は俺を追ってる! 俺が囮になるしかない!」
「ククク……お前はそういう奴だよなクレイス。だから、ここで死ね」
雨が降り始めていた。
冷たい雫、ゾクリと背中を伝っていく。
「え……?」
血の匂いが途絶えたからだろう。
魔物が追いかけてくる速度が遅くなり、若干の余裕が生まれる。
ロンドの手に持ったナイフがクレイスの胸に突き刺さった。




