第67話 持たざる者
「暴走?」
「大気中の魔力を吸収し、濃縮する魔力増殖炉。理論は完璧なはずだった。手にしたクリーンエネルギー。技術力で成し得た未来への礎」
男はおもむろに魔法を放った。それも信じ難い程の威力でだ。直撃すれば周辺一帯が焦土と化す絶大な破壊力。
「おい!」
「まぁ、見てな」
極大の炎が魔力増殖炉を目掛けて飛んでいく。が、直撃したかと思った瞬間、呆気なくそれはかき消えた。本来なら融解していてもおかしくない。
「霧散した……のか?」
「取り込んだのさ。暴走した魔力増殖炉を抑え込む手段はなかった。魔法で地下奥深くにでも埋めようかと思ったが、見た通り魔力そのもののをエネルギーとして吸収しちまう。そう言って手をこまねいている間にも刻一刻と濃縮は進み、溢れ出した高濃度の魔力が大地、空気を汚染していった」
「それでこの惨状だったっていうのか」
「ま、簡単に言えばそういうことだ。行こうぜ」
説明はおしまいとばかりに、元来た道を引き返していく。
「魔法じゃなければ破壊できるんじゃないか?」
それは当然の疑問だった。魔法が全く効果を発揮にしないにしても、物理的な衝撃なら通用するはずだ。これほど高度な文明を築けるのであれば、そういった兵器の一つや二つあってもおかしくない。
「勿論そうしたアプローチを取ることもあった。だがそれも無駄に終わった。周辺に満ちる超高濃度の魔力は磁場を歪め、特殊なバリアを形成している。物理的な干渉を一切通さない程にな」
「どうにもならないってことか」
「そう、まさにどうにもならない。湾曲した空間の先に、本当にあの魔力増殖炉があるのかすら分からん。見えている物が正解かどうかすら確かめようがないってことさ」
施設から外に出ると、依然として冷たい雨が降り続いていた。
「理論は完璧だったと言っていたな。なら何故事故を起こした?」
「まったく忌々しい話だが、事故じゃないのさこれは」
男はため息を吐くと、初めて感情らしい感情を瞳に映し出す。
嫌悪、憎悪、憤怒。なんとも正確の明るいこの男には似合わない負の感情。
「ところで、女神の力の源泉が何か知ってるか?」
「生憎と信心深くなくてな」
「ハハッ! お前面白いな! そうか、あのクソババア最後の最後で人選をミスりやがった」
先程までの表情とは打って変わり、急に破顔すると大きな手でバンバンと背中を叩かれる。
「ったく、なんだってんだおっさん」
「スマンスマン。あまりにも愉快でな。結局のところ話は最初に戻るのさ。女神の力の源泉、それは信仰だ。そして女神は様々な種族の中でも特に人間を寵愛していた。何故だと思う?」
「人間が最も、女神を信仰していたからだろ」
クレイスは、まるで講義でも受けているような気分になっていた。かつて新人の冒険者として踏み出したときも、冒険者ギルドでこんな風に講習を受けていた。
そして隣にはいつも――
「だからあのクソババアは許せなかった。信仰を捨て去り、神からの自立を目論むなんて裏切り行為だってな」
「女神ってのは随分と狭量なんだな」
「もうそろそろ理解しつつあると思うが、要するにこういうことさ。女神は直接干渉することは出来ない。それは神託として成される。そしてその神託によって意図的に事故を起こすよう魔力増殖炉の設計にミスを仕込んだ」
「それで滅んだのか」
見渡す限りの廃墟。かつての栄華は失われて久しい。
「それだけじゃない。今後二度と自立などと馬鹿げたことを考えないように、それぞれの種族をバラバラにし、楔を埋め込んだ」
男がじっとクレイスの瞳を覗き込む。
「待て。なら人間に埋め込まれた楔ってのは――」
「恩寵と言えば、まったく聞こえは良いが、その正体はただの呪いだ」
男が言わんとしていることを理解し、重く口を開く。
「ギフト」
「ギフトがある限り、人間と魔族は争い続ける。ギフトがある限り、人間は未来永劫女神を信仰し続ける。なにが寵愛しているだ。女神の恩寵? 加護? 馬鹿いえ。ギフトを与える代わりに、未来を奪われた」
それはギフトに目覚めてからクレイスが度々感じ取っていた違和感の正体でもあった。誰もが優れたギフトを欲しがり、誰もが女神に祈る。稀少なギフトを授かればそれだけで勝ち組だ。
どれほど魔法で落ちこぼれていても、剣を触れない程に太っていたとしても、どういうわけかギフトを授かれば、その瞬間から、それだけで他者を圧倒するほどの才覚を経る。本人の努力も適正も関係ない。全ての価値はギフトで決まり、ギフトだけが求められる。
女神を信仰する協会が潤沢な資金を持つのも、【聖女】や、そしてその【聖女】がもららす神託に相応の価値があるからだ。人間社会は、なにもかもがギフトを基準に成り立っている。
「人間は6歳になれば強制的に洗礼の儀を受けさせられる。なるほど物は言いようだな。しかしてその実態は、奴隷化の儀式というわけさ」
ならば、自らの存在はなんだと言うのか。
クレイスが得たこの馬鹿げたギフト。
それは明らかに他のギフトを異なる異質なものだった。
ギフトが女神の呪いだというなら、その呪いを最も受け継いでいるのは、クレイス自身だ。
そして気になるのは目の前の男。
どう見ても人間のはずだが、必ずしもただの人間であるはずがない。
まずなによりも――
「なら、アンタは。アンタなんなんだ?」
「なんだここにきて自己紹介か?」
相変わらず愉快そうに笑っているが、決して真意を読み取ることは出来ない。
「――どうしてアンタにはギフトが存在しない?」
男からギフトの反応を感じ取ることが出来ない。そのことに気づいたのは、ついさっきだった。人間ならギフトを授かるはずだ。それがないということは、つまり、目の前の男は人間ではない。
「絶望の中、クソババアから隠し通し、未来へと託された希望」
滔々と男が紡いでいく。
それがなにか決定的な終局へ導くものだと、クレイスは何処かで理解していた。
「【ギフト無たざる者】ゼオル。お前は俺を殺す為に遣わされたのさ。御使い」




