第66話 魔力増殖炉
雨の中、傘を差し2人の男がただ歩いていた。
淡々と世間話のように続いていく会話。
それがこの世界のシステムそのものを解き明かすものだと知る者は彼等の他にいない。
「おっと……。キツイな。なんだここは?」
空間中に満ちる魔力は際限などないように何処までも密度を増し膨れ上がっていく。その濃密さに平衡感覚を奪われ、思わずよろけてしまう。
「気を付けろよ。とはいえ、気を付けようもないのかもしれないが」
「息苦しいな。で、ここはダンジョンなのか?」
暗がりの中、うっすらと見える威容は金属で作られたジャングルのように複雑さを極めていた。全体像を把握することも難しい。少しばかり上空へと飛んで見回してみても、辺り一面が黒鉄の森のように広がり、獣の唸り声のような不気味な異音を轟かせている。
「冒険者小説の読みすぎだ。ま、俺は活字があまり得意じゃないんだけどな」
「知るか」
「そう気を張らなくていい。第一こんなところじゃ魔物も出てきやしねぇよ」
何が可笑しいのか男はニヤリと笑うと、そのまま続ける。
「ここは工業地帯なのさ。あーっとなんだっけ。この場所は第6区だったか」
「工業地帯?」
「別に深い意味はない。言葉通り工業の中心地であり、ここがその心臓部でもある」
「ダンジョンコアみたいなものか」
とりあえず納得しておく。双方乖離する認識の妥協点を探っていくしかない。男の知る世界とクレイスの知る世界。異なる2つの常識。現状のクレイスには、どうしたって全てを理解することなど出来ないのだから。
「お前さん、冒険者小説のノリが抜けないな」
「俺は活字が得意なんだよ」
「最近の若いもんは偉いんだな。俺なんか遊び回って――」
「なんの話をしてるんだ?」
「おっと、スマン。こうして会話するのも久しぶりなんでな。……話を戻すが、ダンジョンコアという例えもあながち間違ってはない。ここはエネルギープラントだからな」
エネルギープラント。聞き慣れない言葉に一瞬思案するが、要するに魔力を供給する為の仕組みなのだろう。
「この魔力濃度はそれが原因か?」
「その通り。だが、本来は違う。この結果を引き起こしたのは別の事象さ。ここで精製されたエネルギーは動力となり供給されていく。技術の粋を極めた動力炉。安心安全、無限とも呼べる効率を実現した理想のシステム。そのはずだった」
施設の中に入ると、カツンカツンと階段を降りていく。特に施錠もされていなかった。どれほど下っただろうか。異音は徐々に大きくなり、不快な音が耳鳴りとなって鼓膜を揺らしていく。
階段の踊り場で立ち止まる。そのまま男は眼下を指さした。
「アレが全ての原因。災厄の正体」
蒼い光を纏う巨大な鋼鉄の機械。
駆動音が今にもクレイス達を飲み込まんと重低音を響かせていた。
「魔力増殖炉。【カ・ディミラ】」
◇◇◇
「誰もが特別でありたいと、そう願っています」
ミロロロロロは流暢に言葉を紡いでいく。
このような説法もまた【聖女】の役割だった。
これまで幾度となく【聖女】としての言葉を語り続けてきた。そんな自分をミロロロロロは呆れるように自嘲する。
【聖女】としての言葉。
しかしそれは本当に私の言葉なのだろうか。自分のような年端も行かない人生経験の乏しい少女が、そんなことを語ってなんの説得力があるというか、いつも迷いを抱いていた。
それでも誰もが、その言葉の一つさえ聞き洩らさらず、語り終えればそれがまるで神託かのように価値のあるものだと受け取るのは、自分が【聖女】だからにすぎない。
「自分には価値があるとそう信じて。生きている意味を、生まれた証を、人生の意義を求めています。私は【聖女】として、ギフトを授かった瞬間から、世界が私を特別にしてくれました」
エルフの族長として、その立場を背負って生きていくことが当たり前だったトトリトートにしても、それは同じだった。気づけば、自分は最初から特別だった。特別な地位、特別な役割、特別な価値。
「ですが、思うのです。その私の価値は、私が見つけたものなのでしょうか? 私は何も知りません。海の向こうに何があるのでしょうか。広がる空の先には何が待つのでしょうか」
ミロロロロロは立ち上がり、窓の外に視線を向ける。星が煌めていた。あの輝きの正体さえ自分は知らない。夜が明ければ彼は帰ってくるだろうか。彼ならその答えを知っているのだろうか。
「人の感情さえも。恋さえも私は知らない」
「わ、私だって知りませんよ! 安心してくださいミロ様!」
トトリートが良く分からない同意をしているのが、ミロロロロロはサクっと無視する。
「あの方を、この世界の誰もが求めています。彼は特別だと、ただ一人の絶対者だと。私もそう思っていました。唯一無二。ダーリンの前では私など、【聖女】などまったくの無意味です。私はただの世間知らずな小娘にすぎません」
「そんなことはないと思いますが……」
そうは言っても内心ではトトリトートも同じ気持ちだった。騒がれている能力が本物なら、大陸で至上の価値を持つ【聖女】も、その立場は地に落ちる。魔獣の討伐にしても、自分は彼の手間を増やしただけの無駄な行為で終わってしまった。
「でもきっと、ダーリンはそんな力、必要としていなかった。この世界でただ一人の特別な価値など欲していなかったんです」
神の御使いと呼ばれる程の唯一の価値を必要とせず、ならば何を求めたの言うのだろうか。どうしようもなく世界の中心にいる男。その疑問に答えるようにミロロロロロは口を開く。
「彼はただ、愛する人の特別になりたかった。それだけなのですから」




