表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
65/78

第65話 女神

「傘いるか?」


 この状況下、全てを無視して口から出たのはそんな言葉だった。場違いだとは分かっていた。それでも目先のことを優先する。一週間後に世界が亡ぶとしても、お腹が空けば人はいつも通り食事をし、眠たくなれば睡眠を取る、そんな生き物だ。


 男が雲を吹き飛ばした石碑の一画だけは雨が止んでいるが、依然としてその周囲は雨が地面を濡らしている。


「悪いな」

「後でちゃんと返せよな」

「どんだけセコイんだお前?」


 呆れながらも、男が素直に受け取った。別に本気で返却を求めているわけではない。単に会話を続けながら観察しているだけだ。刀が突き刺さっていたはずの男の胸には傷一つ存在しない。一瞬で回復したのだろうか。或いは本当に最初から傷などなかったか。


 集束する膨大なエネルギー。先程の光景、クレイスには過去に一度だけ見覚えがあった。それは自らがギフトに目覚めたときと同じ現象だ。あのときも数多のギフトがもたらした奇跡、体内を循環するエネルギーの奔流が致命傷を癒した。


 だとすれば、自分と同等か、それ以上の存在かもしれない。

 

 クレイスは別に自分が最強だと思ったことなどない。

 そもそも最強などという言葉に価値はない。どれほどの強さを誇ろうと老化には勝てないし、どれほど剣を極めても、飲み水に毒を混ぜられれば呆気なく死んでしまう。最強などと持て囃したところで、その存在を殺す術は無数にあり、それら全てを防ぐ手段など存在しない。


 ならば最適なのは戦わないことだ。

 争わなければ負けない。対立しなければ強さを求められない。


 目の前の男にどのような思惑があるにせよ、無暗に敵対する必要はなかった。


「何が書かれているのか教えてやろうか?」

「助けてやったんだ。勿体ぶらずに教えろ」


 破顔すると、懐かしむように男は語り出した。


「この石碑は未来の選択、テスタメントなのさ」

「未来?」

「そう。エデン、トゥラン。呼び名はそれぞれの種族によって違うが、まぁ、なんでもいい。かつてこの地に住んでいた種族達が選択した未来。あまねく可能性という希望」


 男が石碑を撫でる。何処か懐かしそうに語るその表情はどこまでも穏やかだった。




「神からの自立。奴隷からの解放」




 滔々と男は語り出す。


「人間、魔族、エルフ、獣人、亜人、竜種……多様な種族が暮らしていた。諍いを乗り越え、互いに手を取り、この地は発展を進めてきた。インフラは整備され、魔力は動力に、動力は機械に。技術は高度に複雑化し、文化は奥深く、娯楽は細分化していった。洗練された社会。それぞれの種族達は最大級の幸福を求めた」

「まるで理想だな」


 男が語る理想を一笑に付す。そんなことはあり得ない。

 所詮、誰とも分かり合うことなど出来ないのだから。他種族と殺し合い、同じ種族同士でいがみ合い、親子で殺し合い、そして最愛の人は裏切る。それがクレイスの知るこの世界のルールだ。


「本気でそんな理想を目指していたのさ」

「その口ぶりなら、結局は失敗したんだろう? 現に今、そうなっていないからな」

「そう答えを急ぐなよ」


 苦笑しながら、男は続ける。


「確実に一歩一歩、階段を登っていた。傍から見ればそれは進化なのかもしれない。ステージを一段高みへと押し上げる。だが、もっと分かり易く言えば、子供が大人へと成長しようとしていた。そんなところか」

「成長ねぇ。まるでこの世界がガキ向けだと言わんばかりだな」

「良く分かってるじゃないか。だから庇護下にあるのさ。それにしても、本当に何も知らないみたいだな。ならついて来い。面白いものを見せてやる」

「こんな時間に男と一緒に散歩か。犬でも連れてくれば良かった」

「ベヒモスでも召喚してみるか?」

「ここで召喚を使ったら、何が出てくるか分からないから却下だ」


 男が雨の中歩き出す。その後をわけもなく付いていく。


「そこで疑問だ。ならどうすれば子供は大人になったと認められる?」

「簡単なのは年齢だろうな」

「最もな答えだが、問題はそこじゃない。なら大人になったと年齢で判断するとすれば、それを誰が判断するんだ?」

「大人じゃないのか?」

「この場合は誰だ? 話の流れを考えれば分かるはずだ」


 ようやく男の言っていることに理解が追い付く。答えは一つしかない。



「――女神」



 立ち止まり、男が振り返る。その黄金色の瞳には色のない感情が秘められている。


「満点だ。目指したのは女神からの自立。しかしそれは上手くいかなかった。何故だと思う?」

「女神が認めなかったから……か?」


 男の話は荒唐無稽だ。しかし、その言葉に嘘が混ざっているようにも思えなかった。他種族同士が手を取り合っていたなどと信じられるはずもない。なら何故、人間と魔族は今もまだ1000年以上も争い続けているのか。


「待て。ならその女神ってのは――」

「未来を奪い、可能性を閉ざし、楔を打ち込みバラバラにした。もう二度と自立などと愚かなことを考えないようにな」


 冷たい風が頬を撫でた。




「子離れ出来ない過保護なクソババア。そいつが女神の正体さ」

お知らせ。

UGノベルズ様より、書籍版が1月29日に発売となりました!


Web版よりだいぶスマートで読み易くなっていると思います。

イラストは担当して頂いたのは屡那先生です。


ヒロインも可愛いく描かれているので、是非手に取ってみてください!


挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ