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第60話 異邦人

「おぉ……! なんということだ!」

「よもや真実とはな……」

「あの肌……本当に我らと同じ種族なのか?」


 驚愕の色に瞳が染まる。この場にいる人数は決して多くはないが、それでも隠し切れない微かなざわめきが部屋の中に浸透していく。現れたのは自分達と全く違う黒いエルフ。これまで想像もしていなかった存在は、衝撃を持って受け止められていた。


(不躾なものね……)


 その視線を一身に浴びて、居心地の悪さを感じながらシェーラは席に着く。つい先日、自分達も白いエルフ、トトリートの事を同じような目で見ていたこともあり、それに関しては何も言えない。だがそれでも、この場にはもう一つの感情が見え隠れしていることにも気づいていた。


「穢わしい……」


 ――それは明確な「嫌悪」。


 老人達の誰かがボソリとそう呟いた。

 シャーラは聞こえないフリをして拳を握り締める。

 今すぐにこの場で暴れ出したい、めちゃくちゃにして崩壊させてやりたい、そんな空想を頭の中に描きながら、それでも表情にはおくびにも出さない。


「早速始めましょう。要件は伝えた通りよ。簡潔な返答を聞きたい」


 この場にいるのは七名の支族の代表。

 部屋の外には数名の部下が待機していた。勿論それは、シェーラ以外にも言えることでもある。


「そう慌てなくても良いではないか。まずは自己紹介というのが常識というものではないか?」

「あら? 我々を切り捨てたアナタ達にも人並みに常識というものがあったのね」


 あからさまな皮肉に表情を歪めたのはトトリトートだけだった。トトリートに良く似ている。双子と言うのは本当らしい。体調が優れないのか青い顔をしていた。


 シェーラの正面、トトリトートを囲むように座っている老人達の見透かすような眼がまとわりつく。まるで自分など小娘とでも侮っているように。


「まぁまぁ。落ち着きなされ。我々も困っておるのだ。貴殿の話にしても、あまりにも唐突に聞かされたのだ。その真偽すら判断するとさえできぬ」

「嘘だと言いたいのかしら?」

「そうではない。時間が必要だと言うことだ」

「それで何かが変わるとは思えないわね。いいかしら? 理解していないようだから言ってあげる。これは交渉ではないの。正当な要求であり、アナタ達が支払うべき対価。いえ、代償と言った方が良いかしら」

 

 トトリートが持ち帰った情報とは、高濃度魔力汚染地帯に取り残されたエルフ種がいるというものだった。それはシェーラがトトリートにそう伝えるように告げたものだ。


 その時点でシェーラ達は既にこちら側へ転移していた。その事実を伏せたのは、エルフ種達がどういった判断をするのか見極めたかったからだ。


 見捨てられた過去。それでも過去は過去でしかない。

 恨み、憎しみ、憎悪。

 それらが積み重なっていたとしても、その対象は過去に向けられている。


 どれほど殺してやりたくても、どれほど復讐したくても、悲願だった高濃度魔力汚染地帯から抜け出すことに成功し、これから脅かされることのない日常というものが目の前に提示された今、安寧を望む者も多くいた。


 ようやく抜け出したのだ。その先で、また命を賭けて争い殺し合う。そんな馬鹿げたことを避けたいと思う心情はシェーラ自身も持っている。だがケジメはつけなければならない。だからこそシェーラは今、この場に立っていた。


 今を生きるエルフ達が、自分達の存在を知り、どう考えるのか。もし自分達を助けようと動いてくれるなら、長い時間を掛け歩み寄ることができるかもしれない。すぐ水に流す事はできないだろう。それでも、マイナスの感情は日々が満たされ幸せなら徐々に薄れていく。そして世代が進めばいつしか霧散していくものだ。遠い未来、手を取り合い共に歩む。シェーラには想像できないが、未来の誰かがそんな理想を実現することもあるかもしれない。


 しかし、彼等の反応は悪い意味でシェーラ達の想像通りだった。馬鹿正直なトトリートには好感を持ったが、姉の方は未だ一言も発しない。まるで発言を封じられているかのように沈黙している。その姿に落胆を覚えてしまう。種族の長とは言っても、とても主導的立場にいるようには思えない。


 自分達の存在を知ったエルフ達がどう反応するのか、クレイスの魔法によって覗き見したその様子は傍目にも胸糞悪いものでしかなかった。末端まで同じとも思えないが、それでも各支族の代表が、自分達を歓迎していないことは明らかだ。それどころか、過去さえもなかったことにしようとしている。


 だからこそ、この場に姿を表し要求を突き付けた。


「冗談にしては笑えんな。このような戯言が通るとでも思っているのか?」

「同感ね。こちらも冗談を言ったつもりはないわ」

「事実の公表、公での謝罪。それだけならまだ余地はあろう。我らとて初耳なのだ。遺恨があるわけでもない。だが、土地の譲渡、天文学的な賠償金、それに至宝の譲り渡し? そのようなことまで求められても応じられん」

「この条件を飲めば、我々は破滅だ」


 要求とはつまり、簡単に言えば賠償請求だ。

 そして、それが受け入れられないのだとすれば――


「ならアナタ達は徹底抗戦を選ぶのね」

「そうではない! そうではないが……」


 平行線になるだろう、そんなことは最初から分かっていた。争いを回避するにしても、それ相応の対価が必要となる。確かに金銭一つとっても要求した金額は膨大だ。それでも彼等が罪悪感を抱いていれば、突っぱねるような真似はしないだろう。出来るはずがない。


 交渉とはそこから始まるのだ。歩み寄る為に必要なのは、求めているのは、「気持ち」だ。一言、心から頭を下げてくれれば、「すまなかった」と、過去に想い馳せてくれれば、すべてを脇に置き、前を向いて話し合える。そんな可能性が万に一つでもあるかもしれない。抱いていたそんな淡い希望は、脆くも崩れ去る。


「正直に言おう。我々には貴殿のやっていることが脅迫であり、強請りとしか思えぬ。事実の公表? すれば良いではないか。謝罪? 求めるのなら頭を下げよう。だが、それ以外のものには応じられぬな。これでも我らも支族の代表なのだよ。このような我らに利さない要求を受け入れることなどあり得ない」

「そもそも公表されたとて、それで何が変わるというのだ? 遠い過去の事実が今になって明らかになったとして、それがなんだ? それを誰が証明する? 貴殿たち肌の黒いエルフの存在がその証明だとでも言うのか?」

「これを言うのは心苦しいが、我々は貴殿達を同族とは思えぬのだよ。言うなれば『異邦人』といったところか。そのような相手の言うことを信じる者も少ないと思うがな」


 口々に老人達の言葉が飛んでくる。多勢に無勢。

 この場にいるシャーラ以外の種族はみな同胞だ。かつては自分達もそうだったはずだが、いやむしろ同胞達を生かすために犠牲になったはずだったが、今では異邦人らしい。胸中でため息を吐く。


「貴女もそうなのかしら? トトリトート・トトリントン」

「わ、私は……」


 名指しされたことに目を開き、言葉を紡ごうとするが上手く形にならない。虚空を彷徨う瞳は何かを迷うように、逡巡するように揺らめき、ゆっくりとシェーラに向けられる。


「お願いします。シェーラさん。もう少しお時間を頂けませんか? あまりにも突然で、貴方の言葉を受け止めるには私達はシェーラさん達を知らなすぎる」

「つまらない返答ね。知れば何か変わると言うの? それとも時間稼ぎかしら。或いは、その間に今度こそ私達を根絶やしにする算段でも立てる?」

「そんなこと――!」


 トトリトートがそんな人物ではない。そんなことはシェーラにも分かっていた。それでもあえて挑発したのは、老人達の言葉が総意なのか知りたかったからだ。


 だが、どう見てもトトリトートは、この場において主導権を持っていない。まるで傀儡のようだ。或いはアノ老人達がそうしたのか。どちらにせよ、どんな真意がそこにあったとしても、自らの意見を通せなければ意味がない。


「時間? 欲しかったらあげるわ。そうね1週間だけ待ってあげる。ただし要求は何も変わらないし、取り下げるつもりもない」

「なるほど、つまり決裂ということかな」

「待ってください! それは――」


 トトリントンが老人の言葉を遮ろうとするが、彼女には何も出来ない。


「その答えが1週間後に変わっていると良いわね」


 席を立ち踵を返す。これ以上、話す事もない。

 シェーラにしても、この場にいたくもなかった。それこそ自分で良かったと安堵する。我慢にも限界がある。もしここにジール達他のエルフがいたら爆発していた。彼等は分かっていない。少なくともシェーラ達は従来のエルフより遥かに高い魔力適正を有している。本格的に衝突することになれば破滅的な被害を被ることになることを。


 相手の力量を確かめる時間もなかったことは確かだが、それでも軽んじて良い結果になるはずがない。結局のところ、舐められている。自分達の要求を一蹴したのも、なにも出来ないと思われているからだ。


「もっと大きな視点で考えてみろ……か」


 それは悪魔の甘言なのかもしれない。自分達の悲願を片手間に叶えたアノ男の言葉を思い出す。


 自分達がやらなければならないのは、個人に対する復讐ではない。誰かを殺したとて、僅かばかり溜飲が下がるのかもしれないが、そんなことに意味などない。


 全面戦争で殺し合う。血気盛んな者達にとっては、その選択肢もあるが、それを望まない者も多い。それを見越しているからこそ、彼等も過激なことはできないと高を括っているのだから。


 それでも、報いを受けさせたい。その感情だけは強く残っている。


「だったら根こそぎ奪ってやろうじゃない」


 彼らが築いてきたもの、地位、権力、財産。

 戦争とは殺し合うだけが全てでない。


 アノ男が言っていた。シャーラは思わず笑みを零してしまう。あまりにも皮肉的な結論。アノ男なら、それこそ力づくで何もかもを奪い取ることが可能なはずだ。馬鹿げた世界のイレギュラー。戦争にもならない。ただ蹂躙して殺して奪って、それで終わりだ。一瞬の出来事。誰も何も抵抗出来ずに無為に終わる。

 

 あれだけの力があれば、なにもかも思い通りだ。

 にも関わらず、アノ男が言っていたのは、そんな力をまったく使わない戦争。


 どうしようもなく力に興味を失くしている、力を振るうことが億劫だとしか思っていない男の入れ知恵。



 それは一つの提案。

 だが、シェーラはそれを受けいれることに決めた。



「いつまでも自分達が安泰だと思わないことね」



 これから始まるのは、シャーラ達がやろうとしていること、




 それは経済戦争――

お知らせ。

書籍版が1月29日に発売になります。


Web版よりだいぶスマートで読み易くなっていると思います。

イラストは担当して頂いたのは屡那先生です。

お美しいですわ!


挿絵(By みてみん)

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