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第53話 探し物はすぐに見つかる

「一気に突き抜けるぞ」

「この体勢、もう少しなんとなりませんの?」

「その……私、重たくないでしょうか?」

「身長の割に痩せすぎだ。もっと食べて肥え太れ。ミロロロロロのように」

「そ、そんなに太っておりません!」

「それはちょっと恥ずかしいと言いますか……」

「そこのエルフ、この私が恥ずかしいですって!?」

「ごちゃごちゃ言ってないで行くぞ」


 両脇にミロロロロロとトトリートを抱え、飛行魔法を使い分厚い積乱雲の中を突っ切る。横殴りの雨が襲い、雷光が煌めく。もっともバリアを張っているので雨に濡れることはないが、それでも視界を遮るには十分な雨量だった。


 ――高濃度魔力汚染地域。

 いったいいつからそう呼ばれるようになったのか、その原因はなんなのか、およそ一般的には何も分かっていない。近づく者などいないからだ。突入前に魔力測定器で測ってみると、針が振りきれていた。大気中に存在する魔力の300倍近い濃度で魔力が満ちている。


 通常、魔法とは大気中の魔力を取り込み、術者が望む形に変換することで使用する。その変換効率が個人の出力となり、魔法に優れている/劣るという優劣は変換効率によって決定される。そしてその変換効率を決定するのは、生まれながらの適正や、或いは魔力適正の高いギフトを授かるかどうかだ。逆に言えば、変換効率が全くのゼロでない限り、どのような者でも使えるのが魔法でもある。最も、当然変換効率が低ければ、望むような効果をもたらすことはできないのだが。


「魔力消費を殆ど感じないな」

「そうなのですか?」

「うっかりいつものノリで魔法を使うと大惨事になるかもしれん」

「焦土にしちゃって、エリクサーが見つからないとかなりませんよね?」

「……善処しよう」

「どうして今ちょっと間があったんですか!?」

「うるさい。そろそろ抜けるぞ」


 本来、飛行魔法は膨大な魔力を消費する。大気中の魔力を常時取り込みながら、飛行魔法として変換する必要があるからだ。魔力変換式こそ今でも伝わっているが、その使い勝手の悪さから使用する者は殆どいない。歴史に埋もれた魔法とも言えた。そんな魔法を使いながら、しかしクレイスは魔力の消費をまったく感じていなかった。バリアも併用しているが、むしろ減るどころか魔力が無限なのではないかと錯覚するほどだ。


 大気中に濃密に満ちる魔力。もし本当に300倍以上も魔力濃度が高いのだとすれば、通常時と同じように魔法を使えば、単純に出力される結果は300倍になる。とはいえ、それだけ高い濃度の魔力を取り込めば、普通であれば過剰摂取でオーバーシュートしてしまうだろう。だが、焦土にしかねないというのもあながち馬鹿には出来ない話だった。


 雲の切れ間から光が差し込む。後方で鳴り響く稲光の音も徐々に小さくなる。雲が薄くなり、雨が弱まり、風切り音も聞こえなくなる。そして遂に――抜けた。


「……これは森か?」

「もう雷は嫌なのですわ……」

「すみません乗り物酔いで気分が悪く……うっ、吐きそう」


 ドサリと抱えていた2人を落とす。「ぷぎゃ!」と、変な奇声を上げているが、気にしてはいられなかった。そこは森なのだろうか。植物と言えば、誰もが緑のイメージを持つが、目の前の光景はそれを否定していた。碧、青、蒼、藍、表現しきれない一面のアオイ森。


 それが魔力による影響なのか、それとも違うナニかなのかは分からない。ただそれは、これまで見てきた世界とは似ても似つかぬ独自の幻想的な世界だった。


「観光地にはちょうどいいな」

「この光景を見て、良くそんな暢気なこと言ってられますね! 凄いです!」

「実は褒めてないだろ?」

「すごく……綺麗ですけど、なんだか不気味ですわ」

「そもそもこの森、どこまで続いてるんだ?」


 大陸の果てまで森のままなのか、或いは抜けた先に人間の知らない何かがあるのか。興味深いが、今は優先するべき目的がある。時空鞄から地図を取り出す。高濃度魔力汚染地域の広がりによって飲み込まれたエリクサーの原料となる植物の植生地は、この場所からそう遠くないはずだった。ギフトの力を使えば見分けることは難しくない。


「その前に少し休もう」


 太陽の傾きを確認する。南中時刻を少し過ぎたくらいか。グッタリした様子の2人を見て、クレイスは適当にその場を整地して座れるスペースを確保する。


「ご配慮ありがとうございます。うっ……」

「そっちは気分悪くないか?」

「はい。今のところ大丈夫ですわ」


 ミロロロロロは【聖女】だ。人間の中で最も魔力適正が高いと言える。トトリートはエルフであり、エルフ族は人間種族よりもはるかに魔力適正が高い。今はバリアで覆っているが、この環境の中、どこまで耐えられるか知っておくことは無駄にはならないだろう。


「試してみるか。これから少しずつバリアを解除していく。キツくなったら言ってくれ」


 濃度が高いだけに魔力の細かな制御も至難の業だった。珍しく汗が噴き出す。シビアな制御が鈍っている感覚を鋭敏にしていく。徐々にバリアが薄くなる。


「だんだん身体が泥の中にいるように重くなってきました」

「お、圧し潰されそうです……。肌がピリピリします」

「魔力焼けか。この辺が限界だな」


 バリアを元に戻す。やはり生身で耐えられるような環境ではない。


「それにしても不思議な光景ですわね。魔物とかいないんでしょうか?」

「いるぞ。まぁ、気配を消してるから早々襲ってこないだろう」

「余程、この森にいる生物達は魔力適正が高いのですね」

「本当にそうか?」


 クレイスは疑問を抱いていた。どうしたことか、この森は生命力に溢れている。静寂の中に獰猛な意思が残存している。


 しかし、高濃度魔力汚染地域などと呼ばれるくらいだ。これほどまでに魔力濃度が高いのであれば、適合できる生物は限られている。死の森になっていてもおかしくない。にも関わらず魔物を含めて多くの生体反応で溢れている。生身ではとても耐えらない環境。しかし実際には逆だった。向こう側と異なる生態系、異なる環境。つまりそれは――


「ゆっくり、今の濃度になっていった? 生物が適応する程の時間を掛けて――」


 だとしたら、それは何が原因なのか。考えても答えはでない。それを調べる時間も義理もない。クレイスは思考を放棄すると、そういえばと、ふと思い出した疑問をトトリートに投げ掛ける。


「トトリート、あのジジイ共はなんだったんだ?」

「五大老のことですか? 彼等はウジン、ヨダン、ロウキ、シュウザ、ゲニツと言います」

「名前はどうでもいいんだが」

「そ、そうでしたか。どうお答えすれば良いモノか……。そうですね、彼等は五支族の生き残りであり、その長なのです」

「五支族?」

「はい。そして我らトトリントンを含めた六支族が、災厄から逃げおおせたエルフの生き残りであり、それを率いたのがトトリントンの一族。故に姉上が族長の立場についているのです」


 いきなりの不穏な言葉が飛び出し興味を惹かれる。


「災厄? 何かあったのか?」

「分かりません。遥か過去の話です。多くの文献は紛失しており、何があったのか、どうして逃げることになったのか、今となっては知る者もその術もありません。姉上は熱心に調べていたようですが、私は頭脳労働は得意ではなく……」

「脳筋ということですわね!」

「うぅ……。ドリルディアさんにも言われました」

「つまりは良く知りもしない過去に縛られて、お前達姉妹は担ぎ上げられているわけだ」

「お恥ずかしい話ですが、そうですね。ですが、姉上が慕われているのは、間違いなく姉上が相応しい人物だからであり、決して傀儡などではないのです! 五大老とは良く衝突していましたから……」


 姉のトトリトートのことを語るトトリートの瞳には親愛の情と、そして現状の姉の状態に対する不安が渦巻いている。エルフ族の内情に口を出すつもりはないが、袖すり合うのも他生の縁。トトリートの願いを叶えるくらいは十分な仲だと言えるかもしれない。


「じゃあそろそろ探しに行くか」

「はい! あのクレイス様、姉上のことよろしくお願いいたします!」

「見つかれば後は抽出して調合するだけだからな。すぐに終わるさ」

「なんとか今日中に見つかれば良いのですが……。こんなところで野宿するのは不安です」

「まったくです。こんな蒼い色の植物ばかり見ていると、なんだが気分までブルーになってしまいますわ!」


 ミロロロロロが草を手に取り掲げて見せる。毒々しい色合いは綺麗というより異常性を感じさせる。と、そこでクレイスは気づいた。


「待て。ミロロロロロ。それ何処にあった?」

「どうしましたのダーリン? この辺に沢山生えていましたけど……」


 この辺とやらを凝視してみる。そこは群生地だった。辺り一面、無造作に生えている。それは一瞬、青い絨毯のようにも見えたが、【聖女】はリアクラックにも優れているのかもしれない。思わず頭を抱えてしまう。その様子を不思議そうにトトリートが見ていた。



「良くやった。ソイツがエリクサーの原材料だ」

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