第51話 不協和音
「……どうかなクレイスちゃん?」
不安げな【聖女】ドリルディアにどう返事を返そうかと思案する。トトリートやミロロロロロもまた同じような表情を浮かべていた。
ここはエルフの集落。といっても原始的な『集落』とは規模も発展度もかけ離れている。便宜上そう呼んでいるだけであり、人間達が暮らす街と何ら遜色はない。巨大な森の中に作られたエルフ達の暮らす街、それが集落であり、名前などに意味はない。
「お前達、双子だったんだな」
眼前にはベッドに横たわるトトリートとほぼ同じ顔をしたエルフ族の女性。族長トトリトート・トトリントン。白磁のように白い肌が上気し、苦悶の表情が浮かべている。すぐさま命を失うようなことはないが、それでも危険な状態であることには変わりない。
「はい。ですが、姉上は私と違い優秀です。我ら種族の為にも失うわけにはいきません。クレイス様、どうにかなりませんか?」
クレイスは思案していた。トトリートの要請でエルフの集落までやってきたは良いが、【聖女】の力でも癒せないトトリトートの容態は一言で言えば面倒だった。クレイスとて、トトリートを身内のゴタゴタに付き合わせたこともあり、力を貸すことは吝かでもない。が、幾つか気になっていることもある。
「ふん。御使いとか言われているらしいが、結局何もできないようだな。何をしに来たんだ貴様は?」
吐き捨てるようにエルフ族の男が侮蔑の言葉を投げ付ける。確か、族長の補佐を務めているエルシオと名乗っていただろうか。その視線にはありありと嫌悪の感情が滲んでいた。
「これこれ。来てもらっただけでも有難いと思わんか。すまんのう御使い殿」
「族長も困ったものじゃ。討伐を果たせぬだけではなく、部隊は半壊。挙句にこのような醜態まで晒すとは」
「五大老、姉上は自らの責務を果たそうとしただけです!」
トトリートが食って掛かる。五大老と呼ばれた老人達は特に何の感情も見せないまま淡々と言葉を続ける。
「聞けば、終滅の魔獣も御使い殿が滅ぼされたと言う。とんだ無駄足でしたな」
「まったくじゃ。どのような才気を持とうとも、所詮は小娘。まだまだ神輿の自覚が足らぬ」
「トトリートよ、次はお主が族長を務めよ。姉の方は最早任を果たすことはできぬであろうて」
「お待ちください! 姉上はまだ生きております。私では族長など務まるはずがありません!」
「お主はただ名代としてあれば良い」
「お断りします!」
「全ては我ら各部族の長による合議制により決まる。お主の意思など関係ない」
「あなた達はいつもいつも――!」
そのくだらないやり取りをクレイスは冷めた目で見ていた。何処にでもあるようなイザコザ、或いは内部闘争か。トトリート達の他に、ここには五大老と呼ばれる老人達など主要な関係者が揃っている。だが、誰もが純粋にトトリトートの身を案じているかと言えばそうでもなさそうだ。他種族のことに口を挟むわけにもいかず、ミロロロロロやドリルディアなどは困惑の色を隠せない。
「落ち着けトトリート。症状はもう分かっている」
「ほ、本当ですか!?」
「なんだとっ!?」
初めて五大老の表情にも感情らしきものが生まれる。
「【聖女】の力でも癒せないか。当たり前だな。むしろそれによってトトリトートは更に苦しんでいる」
「どういうことですかクレイス様?」
トトリトートの内臓には寄生虫が巣くっていた。徐々に相手の生命力を吸い衰弱させるものだ。【聖女】の力が通用しないのも当然だ。むしろ症状を悪化させることに寄与している。癒しの力を幾らトトリトートに使っても、それで回復した生命力を寄生虫が吸い取るだけにしかならない。体内に巣くう寄生虫を駆虫しない限り無意味だ。むしろ、【聖女】の力によって活動が活発になった寄生虫がより生命力を激しく吸い取り、トトリトートに大きな負担が掛かっていた。
「で、ではどうすれば良いのですか!?」
「駆虫するしかない。毎日のように卵を産んでるからな」
「それは可能なのですか?」
「薬がいる」
「クレイスちゃん、教会が用意出来るものなら言って。今すぐ勅令を出すから」
面倒なのはまさにそれだった。駆虫するのに必要な成分。その成分を抽出するのに必要なもの。
「レクラロイド。エリクサーに含まれる成分だ」
「エリクサー!? ですがそれは――」
トトリートがの顔が沈み込む。エリクサーとは特殊な植物から抽出した万能薬のことだ。極めて希少なモノとして重用されていたが、今から50年以上も前に失われている。だが、現存していないわけではない。問題なのは植生だった。
「高濃度魔力汚染地域ですか」
「厄介なことにな」
エリクサーを抽出することができる植物が数が少ない。過去に乱伐した結果、どんどんその植生は狭まっていった。そして高濃度魔力汚染地域の拡大がエリアを飲み込んでしまう。以来、エリクサーは幻の薬となり、この世から姿を消した。
「いい加減な話だ。高濃度魔力汚染地域だと? それで誤魔化せるとでも思っているのか貴様。誰がそんな妄言を信じる?」
「別に信じなくてもいいがな」
「貴様はただの詐欺師か? 大層な触れ込みのようだが、底が知れたようだな」
エルシオが心底馬鹿にしたように嘲笑する。と、そこでクレイスはようやくエルシオに意識を向けた。
「エルシオ殿、お止めください!」
「トトリート。貴様も同罪だ。こんな奴を連れてくるなど時間の無駄だと思わなかったのか?」
「いい加減にしてください! クレイス様はそのようなお方ではありません!」
トトリートを手で制する。
「ところでお前、エルシオだっけ? トトリトートと一緒に討伐に向かったのか?」
「その女が勝手に向かっただけだ。俺が付いていく必要がどこにある?」
「なるほど。最もな理由だ」
トトリトートの額には珠のような汗が浮かんでいる。
(報われないな……)
種族の為に命を懸けて尽くしても、まるで他人事だとでも言わんばかりだ。エルフ族も一枚岩というわけではないのだろう。それは組織というものがあれば概ね何処でもそういうものだ。ありふれたことにすぎない。別に今も苦しんでいるトトリトートが可哀想だとは思わなった。その道を選んだのはトトリトート自身であり、自らが選択した結果にすぎない。
だが、クレイスは違う。
「一つ疑問なんだが、いいか?」
「役立たず同士そこの【聖女】も連れて、さっさと我らの街から消えろ」
クレイスは殺意を周囲を放った。気温が一気に低下し、気圧が下がる。呼吸さえも苦しくなるような圧迫感。強烈なプレッシャーに誰もが立っていられなくなる。
「ひっ!」
それが誰の声なのかなどどうでも良かった。クレイスからしてみれば、トトリートに請われてここまで来ただけだ。エルフ族も、その族長も、どうでも良かった。今すぐ死んだところで関係ない。助ける理由など一切ないし、本当の意味で無関係な他人にすぎない。
「お前等まさか、俺が正義の味方だなんて思ってないだろうな?」




