表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
50/78

第50話 白昼夢

「やれやれ。一難去ってまた一難。一向に仕事が減らないねぇ」

「喋ってないで手を動かせミゲル」

「そうはいっても休憩しなきゃやってらんないよ。ね、マリアちゃん?」


 帝都は蜂の巣をつついたような大騒ぎになっていた。皇帝の殺害、テロリストによる宮殿の占拠、挙句の果てに化物の出現。本来、帝都はこの大陸で最も治安に優れた街である。その心臓部で起きた騒ぎに浮足立っているのは市民だけではない。


 一段落したといっても、仕事は山積しており、破損した施設の修繕や補償、保険金の支払いに始まり、不安の鎮静化や諸外国への対応、騎士団の再編成、次期皇帝を決める帝位争いなど、依然として後始末が残っている。


 そして、今回対応にあたった冒険者ギルドは本来であれば管轄外の案件でもある。しかし、当事者として関わらないわけにもいかない。その一方で、本来の業務も進めなければならない。二重三重に忙しい。猫人族の手も借りたい、そんな有様だった。


「アイスありますよ。食べます?」

「じゃあバニラね」

「お前等なぁ……。俺にも寄越せ!」


 目の前に積まれている書類の束からひとまず現実逃避する。朝から根を詰めて処理しているが、休憩も必要だろう。


「ところでマリア、お前はついていかなくても良かったのか?」


 ハイデルはふとした疑問をマリアに投げ掛ける。マリアの立場は騒動後、大きく変わっていた。役職も以前までとは別物になっている。たとえ借り物の力だとしても、テロリストの首領オーランドを倒したのはマリアだった。


 それはギルドの功績であり、殊勲ともいえるものだ。誰もが、その力を与えた存在を知っているとしても、それでもその功績は価値がある。マリアは冒険者ギルド唯一の広報官に就任していた。もっとも、事務職と兼任しているのだが。


「いいんですよ。どんなトラブルに巻き込まれるか分かりませんし」

「どうせなら綺麗に後処理までして欲しかったよ」

「そしたらもう私達要らないじゃないですか。私達はあんな人に頼っちゃ駄目なんです」

「それがマリアちゃんがギルドに残った理由かい?」

「そうですね。それに私、破門されましたから。ここしか行くところがありません」

「不器用な奴だよまったく」


 マリアとて、ついていくつもりなどなかった。それを伝えたとしても結局は置いていかれただろう。あの男には誰も必要ない。あの男は誰も必要としていない。きっと最初から関わるべきではない、期待も敵視もすべきではない。それがあの男だ。


 溶けだしたアイスを軽くかき混ぜて口に運ぶ。冷たさに思わず頭痛がして、マリアは顔を顰めた。


「きっと、私達は自分達で乗り越えなくちゃ駄目なんです。あんな力に頼っている限り、私達はいつまでも前に進めませんから」

「変わったなマリア」

「そうでしょうか……?」

「でも、マリアちゃん。その広報官の制服って、露出多すぎじゃない?」

「あの陰険横暴クソ野郎くたばれ!」


 ギルド唯一の広報官であるマリアの制服は他の職員のものと一線を画している

ファッションデザイナーなるギフトの力によって、あの男がデザインした広報官の制服は全体的に露出が激しかった。上半身は胸を強調するようなデザインになっており、スカートは短く、更に横にはスリッドまで入っている。これまでスーツを着こなしてたマリアからしてみれば羞恥を感じるのもしょうがない。それはいわば、あの男の置き土産だったが、よりにもよってこんなものを置き土産にしなくても良いのにと、マリアは嘆く日々だった。


「流石カリスマ」

「その煽り、止めてください!」

「けど、マリアちゃんはうちの看板なんだし、それくらいしてもらわないと」

「今度あったらビンタしてやる!」

 

 この格好でいるとき、マリアはジロジロ視線が突き刺さるのを感じている。それを見てニヤニヤしながら、あの男は去って行った。最後まで困らせていなくなる辺り、本当に性格が悪い。


「それにしても、最近また厄介な魔物の出現が増えてないかい?」

「それも南東からな。偶然だと思いたいが、嫌な予感しかしねぇ」


 冒険者ギルド中央本部には日々様々な情報が持ち込まれる。それらの分析も仕事の一つだが、分析官の持ってきた報告の中に気になるものがあった。微かにだが魔物の出現報告が上昇しているエリアがある。一次的なものなら問題ないが、気にならないわけでもない。かといって調査隊を送り込むことも難しい。何があったとしてもどうにもならない。それは、人間が立ち入れる場所ではなかった。


「高濃度魔力汚染地域ですか」


 南東に存在するそのエリアは、魔力に汚染された地域として、異なる植生、異なる生態系を有している。大気中に異常なまでの魔力が満ちており、人間が立ち入ることは出来ない不可侵のエリアだった。魔力は空気中に存在する元素、魔素を利用している。魔法はそれを体内に取り込むことで発動するが、酸素と同じようにその濃度が高ければそれは人体に極めて深刻な悪影響をもたらすことになる。


 高濃度魔力汚染地域は、その名の通り、人間が活動不可能な程、濃厚な魔力に満ちている。高濃度魔力汚染地域の近くでは、同じ魔法でも必然的に威力が高くなる。そのエリア内ならばより威力は増すだろう。だが、それは到底人間に扱えるものではなく、身体が耐えられないだろう。


 高濃度魔力汚染では植物は巨大化し、魔物は強大化するが、逆にそこに住む魔物はそのエリアから外に出る事が出来ない。高い濃度の魔力に適合した生物は、濃度の低いエリア外では自重を支える事すら難しいからだ。外に出れは著しく行動を制限される。それが自然と魔物を封じ込める檻になっていることは幸いと言えた。


「エリアが広がっているのか?」

「過去の資料を漁ってみたけど、参考になりそうなものは少ないね。まさに調査の及ばない禁域だね。ま、様子見するしかない。こんなところで何かあったとしても、対処できるのは彼しかいないでしょ」

「おんぶにだっこだな」


 一難去ってまた一難。先程、ミゲルが言った通りだった。


「なにもなければ良いのですが……」




◇◇◇




「ありえない……!?」


 結果は思いもよらないものだった。どれだけ調べても分析結果に間違いなどない。だとすればこれは何を意味しているのか……?


 帝都で目撃した光景、そして見つけたあの男は、魔族からすれば災厄に等しかった。【勇者】など問題にならない。聞けば、その男は数ヶ月前に人間種族達の間に唐突に現れたという。神の使途、女神の代行者、大仰な言葉が躍るが、それでも足りないくらいだとベインは思った。あのような存在を世界は許容してはいけない。存在そのものが破綻している。そんな危機感が募っていく。


 騒動の一部始終を監視していたベインは、あの男のDNAを採取すると、すぐに解析に回した。この世界のルールそのものを覆す力、理外のギフト。あの男がやったことは、人間のギフト情報を書き換えるという自らの研究に酷似していた。だが、決してそうではない。それは完全に上位互換ともいえる力だった。あのような力で【勇者】を量産されれば、魔族に抵抗する術はない。成す術もなく蹂躙されるだろう。


 あの男はそれをするだろうか? しないかもしれないし、するかもしれない。だが、それが出来てしまうという事実が問題だった。急いで対策を用意する必要がある。いったいアレはどのようなギフトなのか? これまでに存在していた力とはかけ離れた異質なギフト。あの男に対抗するのであれば、自分達も同様の力を得る必要がある。その為には、ギフトの解析、そして早期に魔族にギフトを取り込むことが不可欠だった。しかし――


「何故だ! 何故ギフトが存在しない!?」


 解析結果はまるで意味の分からないものだった。DNAに刻まれるはずのギフト情報が存在しない。幾ら調べての固有のギフトを示す痕跡が見つからない。そんなはずはない。人間種族は必ず女神から6歳の時点でギフトを授かる。にも関わらず、その情報が存在しない? では、あの男は何を授かったのか? だとすればそれは――


「あの男は……人間じゃない?」


 それはふと思いついただけの突拍子もない想像にすぎない。何の根拠もなかった。誰かに説明することも難しい。ただそれでも、この結果が意味していること、それを考えればベインはその可能性を捨て去ることが出来なかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ