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もう全部俺一人でいいんじゃないか? ~人々にギフトを与える能力に目覚めた俺は、仲間を集めて魔王を倒すのが使命らしいけど、そんなことはどうでもいいので裏切った奴等に復讐していく~  作者: 御堂ユラギ
第六章 殲滅のウインスランド~だが俺も当事者だった~

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第49話 剣神異形

「タスケ……コロス……クレイス、クレイス! タスケ……」


 焦げ臭い匂いが充満していた。かつて皇帝が座し、帝都の威厳を象徴していた宮殿は、見る影もなく焼け爛れ、その面影さえも失わんとしている。それは凋落といっても良いのかもしれない。文字通りその地位は地に落ちていた。その震源地、異常震域にいたのは1体の化物。体長は3メートル程あるだろうか、その威圧感はオーランドの比ではない。


「なんだアレは……?」


 クレイスはスッと目を細めて視線を送る。かろうじて展開した魔法によって人命を守ることには成功したが、宮殿は今にも倒壊しそうになっている。天井は崩れ落ち、夜天が煌々と化物を照らしていた。


 こちらに駆け寄ってきたミロロロロロ達も何かに勘付いたようだ。


「うっ、気持ち悪い! もう見たくありませんでしたわ。ダーリン、アレは島で見た生物ではありませんか?」

「あぁ。だが、あのときの奴より数段は手強そうだ」

「先手必勝です!」


 トトリートが手にした弓で化物を射る。見事な手際、直撃すればそれで終わりだろう。凄まじい威力の一撃。しかし、矢は直前で何かの力場に阻まれるようにへし折れた。


「な!?」

「どうやら一筋縄ではいかなそうだな――っと!?」


 ミロロロロロとトトリートの手を掴んで一足飛びに後方に飛ぶ。気配に反応したが、不可視の一撃が先程までいた場所に突き刺さっていた。


「危ねぇ。だが、なんだ? 何かおかしい……」


 相手は酷く奇妙だった。先程まで戦っていたウインスランドの者達にあったような純粋な殺意がその攻撃からは感じられない。拭いきれない違和感。いや、正確には殺意も含まれている。が、それを抑えようとする意志が働いていた。そう、言うなればそれは、何かを迷っているような――


「あの醜い姿。アレが本当に生き物なんですの?」

「島からは渡って来たのでしょうか?」

「いや、そうとは思えない。アレはもともとこちら側にいたんじゃないか」


 クレイスは視線を外さないまま、思案を続ける。


(元は人間だったか。さっきの攻撃、殺そうとしていたにしてはぬる過ぎる。理性が残っているのか?)


「お前は誰だ? 俺の言葉が分かるか?」


 化物に呼び掛けてみる。反応があれば理性がまだ残っているのだろう。


「コロス……違う! 私じゃない……! こんなの私じゃ……!?」

「おい、落ち着け!」

「タスケテ! 私を助けてよぉぉぉぉぉぉおおお!」


 絶叫が響く。灰色に濁り切った化物が目がこちらを見据える。理性を残したまま、しかし、まるでそれが消えつつあるかのような錯乱。狂気の入り混じった瞳が微かに揺れていた。

 

「ダーリン!?」

「クレイス様、やはりアレは……」

「あぁ。人間なのは間違いないようだな。もう一度聞く。お前は誰だ?」

「……マ……リー……」


 声帯が潰れているのか、酷く聞き取り難い。だが、しっかりとその名前を聞いていた。


「マーリーだと? お前はマーリー・クリエールなのか?」


 苦い表情になる。クレイスからすればオーランド以上に不愉快な相手だった。助ける事は出来るかもしれないが、心情的には良い気分ではない。


「お知り合いですかクレイス様?」

「元婚約者だ」

「な、なんですかそれは!?」

「もっとも、甲斐性なしとして手酷くフラれたがな」

「なんと愚かな……」


 化物……マーリーは微動だにしない。今にも攻撃せんと動き出そうと身体を抑え込んでいるようにも見えた。微かな逡巡。


(衝動に抗っているのか……?)


 理性が残っているのであれば、島で何があったのか聞く相手としては丁度良いかもしれない。アレが本当にマーリーだとすれば、その姿はあまりにも変わり果てていた。原型を留めていない。憐憫の情が湧かなくもない。


「分かった。助けてやる。だから何があったのは話を聞かせろ」

「ギフト……アクマ……ガ……」

「後からで良い」

「アリガ……トウ……」


 クレイスは特に警戒することもなく近づいて行く。相手が数段強くなったところで、だから何があるというわけでもない。誤差のようなものだ。気を抜いていたのかもしれない。危機を感じないということは、どうしてもそれだけ状況に対して鈍くなる。ましてや、自分に敵意が向いていない場合、危険を感じ取ることなど出来ない。クレイスは一瞬、自分の脇を駆けていくその存在に気付くのに遅れた。


「貴様のギフトを寄越せ! マーリー・クリエールゥゥゥゥゥウ……!」


 右腕を失ったオーランドは左手に剣を握り駆け出すと、一気に化物に突き刺した。


「ギュルルルルルルルオオオオオオオオオオ!」


 悲鳴とも雄叫びともつかない断末魔が響き渡る。



「ひっ!?」

「なんということを……!」

「しまった! マーリー!?」


 オーランドは化物に齧り付いていた。剣を突き刺したことで体勢を崩した化物の肉を一心不乱に貪っていく。骨を砕くような、肉を引きちぎるような、バリバリと聞くに堪えない残響音が響く。その渦中にもオーランドの身体にはすぐに変化が起きていた。夥しい血がオーランドの身体を赤く染めていく。失ったはずの右腕からは新たに別の腕が。しかしそれは人間の者ではない。膨れ上がった背中からは羽が。人間というにはあまりにも不釣り合いな変化。気づけば、体積は膨れ上がり、巨大な鳥のような一羽の化物が顕現していた。


 上空に飛び上がりこちらを見下ろす瞳には紛れもない憎悪が込められている。


「巨大な烏……なんでしょうか?」

「堕ちる所まで堕ちたなあの男も」


 マーリー・クリエールが有してたギフト【伊邪那岐】は形態変化を伴う極めて稀な性質を持っていた。とはいえ、ここまで異常なものではない。なんらかの反応を引き起こしたのだろうか、空には20メートルはあろうかという烏のような化物が浮かび上がっていた。月光に照らされたその姿は、まるで人間に審判を下さんとする悪魔そのものに見える。


 烏の化物が羽を振るう。凄まじい爆音と衝撃が地面を抉り取る。数十メートルはあろうかという広範囲に渡って地面に亀裂が走った。


「このままでは帝都が!」

「クク、クレイスさん、なんなんですかアレ!?」

「よう、生きていたかマリア」

「生きてますよ! 勝手に殺さないでください!」


 騒動は帝都全体に広がっていた。住民達も突如現れた異形の化物に悲鳴を上げ、避難をしようと動き出している。


「クレイス君、アレはいったいなんだい?」

「なんでも俺が知ってると思うなよ」

「御使い、お前しか解説役はいないんだ。しっかりしろ!」

「人間、ああなったらもうおしまいだな」

「そんなこと言ってる場合か! 早くなんとかしてくれ!」

「クレイスさん、後始末はしてくれるって言いましたよね!?」


 その場から駆け出しながら考えるが、あの状態の化物を元の状態に戻す方法は思い浮かばない。島にいた化物や先程のマーリー・クリエールとは異なる人体の組織構造になっていた。完全に人間からは逸脱している。生物としての概念から外れた異形。


「殺すしかないか」


 クレイスは立ち止まり振り返る。


「なんとも馬鹿な親父だったな。まともに会話した記憶もない……」


 見捨てられ、島から追放された挙句、次に再開したときは化物になっていた父親。育児放棄と親不孝。どっちもどっちなあまりにも笑える数奇な運命だった。こんな関係で親子とは到底言えないだろう。父親らしいことを何かされたことはない。どちらかといえば、追放されてから村で暮らしていた頃の方が、家族としての温もりを感じていた。今更、あの巨大な烏モドキに何の感慨もない。


「最後の言葉が別れの挨拶というのも、まぁ、俺らしい」


 ガキリと左腕に魔力が込められる。烏モドキはSランク級の魔物に匹敵するだろう。それにあの巨体では冒険者が立ち向かうのは困難だった。自分でやるのが一番手っ取り早い。


「落ちこぼれ、無価値。散々な言われようだったが、そんな姿になっている奴だけには言われたくない。じゃあな、親父。死んでくれ」


 なんの感傷もなく、ただそれは永遠の別れの挨拶。そこに未練も後悔も何もない。



「   【星降りの涙(スターライトティア―)】   」



 烏モドキより遥か上空から幾重にも降り注ぐ燐光が、その身体をまるで砂のようにサラサラと分解していく。怨嗟の声を上げる間もなく、絶叫さえも許さず、それは、この世界から排除する為の強制力。その燐光に飲み込まれるように包まれ、烏モドキはアッサリと消滅した。


「力に憑りつかれた【剣神】か。憐れな男だ」

「ダーリン、さっきの化物ですが……」

「こっちも無理だな」


 かつてマーリー・クリエールだったモノは既に事切れていた。首を食いちぎられたことによる大量の出血。他にも手や内臓など、至る所を食い破られている。どれほど力があっても、死んでいる人間を蘇らせることは出来ない。もう少し早ければ、オーランドをしっかり取り押さえていれば、そんな「もしも」は幾らでもある。何か彼女を救う道があったのかもしれない。しかし、そんなことは結果論にすぎない。何もかもを予想出来るわけじゃない。



「俺は神じゃない……」



 出来る事、出来ない事、何をやるにも自分1人でいいが、だからといって、それで全てを手中に納めることなど出来ない。それは人間という生物の限界だった。神とは違う。



「クレイスさん、ようやく終わりましたね」

「何も終わってない。どっちかというとギルドの仕事はこれからだろ。マリア、お前は破門だ。これから書類仕事頑張れよ」


 マリアは何か言いたげに口を動かそうとするが、寸前でその言葉を飲み込む。ポンっと、クレイスは肩を叩き、マリアに背を向けその場を後にする。もう会うことはないかもしれない。それで良かった。自分は誰とも関わるべきじゃない。強さの果てには何もない。



「分かっていますよ。だって、私は事務職員なんですから」



 そう言って微笑むマリアは、何処か満足そうな表情を浮かべていた。

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