第45話 剣神放置
「こんな施設、昔あったか?」
「薄気味悪いですわ」
「カビの匂いでしょうか……使われなくなって放置されていたみたいですね」
島内のめぼしい建物を周っていると、見慣れない施設を発見した。少なくともクレイスの記憶にその建物はない。12年前、自分が出ていってから今日までの間に建てられたのだろう。人がいないのは他の建物と同じだが、施設の外観はもとより、足を踏み入れれてみればすぐに察するが他の建物とは一線を画していた。しいていえば、ここは何かの研究施設のような――。
無造作に床に落ちている試験管やペレット、何に使うのか分からない実験器具や顕微鏡。さならがらここで何が行われていたのか、少なくともロクなことではないだろう。
「これは当たりを引いたかな」
「ダーリン、これが何か分かりますか?」
ミロロロロロが手渡してきたのは分厚い書類だった。目を通すと、それが何かは簡単に判明する。羅列されている文字。その単語は見覚えのあるものばかりだった。
「島民名簿だな。この島の住民が全てリストアップされている」
「ひょっとして、ここはお役所とか……?」
「こんな陰気でうす暗い役所は嫌だろ」
気になるのは名前の横に書かれている「適合」「不適合」の文字だった。リストをめくっていくとクランベールの名前もあるが「不明」となっていた。全体で見ても「不明」となっている者が1/5程度はいる。
「いったいここで何をやっていたんだか。結局は本人達に聞かないと分かりそうにないな」
「あれから変な怪物も出てきませんわね?」
「あー、アイツなら心配いらないぞ」
「へ? クレイス様、何か分かったんですか?」
井戸から這い出してきた謎の異形。いったい何があったのか知らないが、その正体はどうやら人間らしい。だとすれば、仮にいたとしてもその数はたかが知れている。
「もともと、この島にいた人間はそう多くない。そのうちのかなりの人数が今は帝都にいるんだろ? アレの元がこの島の人間なら数はしれているからな。ま、だからといって放っておけるものでもないが」
「人間があんな化物になることがあるのでしょうか……?」
「どうみてもこの胡散臭い施設で何かあったとみるべきだろ」
「ここでですか!? 逃げましょうダーリン! あんな風になりたくないですわ!」
「気にしなくて良いんじゃないか。空気感染するようなものでもなさそうだし、ウイルス性のものとは違うらしい」
「うー。私には難しいことは分からないですぅ」
「おー、よしよし」
不貞腐れているトトリートの頭を撫でながら表に出る。太陽の位置を考えると、日が暮れるまで後3時間程だろうか。折角の里帰り、これといって成果はなかった上に目的の一つだった母親の行方も分からない。この状況だけに最悪もうこの世にいないことも考えられる。
「しょうがない。これ以上なにもなさそうだしお暇するか」
「あの化物はどうしますの?」
「どうせ海を渡れそうにもないし、無視しても良さそうだが」
「いつの間にかこの島が人外魔境になっている可能性はありませんか?」
「流石に繁殖はしないだろう」
既に事切れていた化物だが、クレイスは人間の体内に本来は存在していない異分子の気配を感じ取っていた。それを除去すれば元に戻すことも可能かもしれないが、殺してしまっている時点で後の祭りでしかない。
気にならないと言えば嘘になるが、とはいえ、これ以上いるかいないかも分からない化物の捜索に時間を割くのも馬鹿らしい。クランベールが異形に変異していること可能性もあるかもしれないが、それならそれでいっそ楽にしてやるべきではないのか。
「 【アブソリュートプリフィケーション】 」
「なななな、なにしましたのダーリン!?」
「島を丸ごと浄化しておいた。これで何かあっても大丈夫だろう、うん」
「なんというか、常識というものが崩壊し続けていくのを実感します」
「さて、弟子がちゃんと仕事しているか見てくるか」
そろそろ衝突が起こっていてもおかしくない時間だった。突入を開始すればいずれ激しくぶつかることになる。負けるはずもないが今回は自分も当事者だ、見届ける必要くらいはある。
「帰るまでが遠足だ。戻るぞ」
◇◇◇
「また異常な測定値。おかしい。何が起こっているんだ?」
突然山脈が消滅した。その報告を聞きベインの顔が思わず渋面になる。近頃、人間社会の中で度々記録されている異常な高エネルギー反応。それだけではない。警戒していたアンドラ大森林で高まりつつあった強大な生体反応が一瞬で消失したことといい、何かが異常な事態が起こっているという予感があった。
「確かめる必要があるな……。出るのは神か悪魔か」
ベインは独り言ちると、足早にラボを後にした。
◇◇◇
「あの野郎、何が負けるはずがないだ!」
「実際ここまで来てるわけだし、対抗出来ているには違いないけどねっ!」
ミゲルが横っ飛びでその場を離れる。その瞬間、足元にナイフが突き刺さった。『影縫い』。相手の動きを拘束する技である。一瞬でも判断が遅れていたら動きを止められその瞬間殺されていただろう。
跳ねるようにハイデルは前に出ると剣で薙ぎ払う。圧倒的な膂力。全盛期の自分を遥かに凌駕する力に陶酔感を覚えないと言えば嘘になる。その一撃は当たりはしなかったものの接敵していた相手と大きく距離を取ることに成功する。
「だったらもう少しサービスしろ!」
「ちょっと、ハイデルさん前に出すぎです!?」
突入を開始したマリア達だが、個々の実力は拮抗していた。相手には研鑽を積んだ技術もあるが、こちらは付け焼刃のギフトが頼りだった。それでも戦況が有利に傾いているのは、数の暴力で押しているからに他ならない。
「まだまだ相手にも余裕がありそうだね」
「あぁ。そろそろ大物が出てきても良いんじゃないか?」
「勘弁しろニャ。残業代でも出ないとやってられないのニャー」
「ニーナ、うちのパーティーはホワイトカラーなんだ」
「理不尽なのニャ!」
「ちょっとクレイスさん何やってるんですか!? 早く帰って来てくださいよ! もう怒りませんからクレイスさーん!?」
マリアの声が虚しく戦場に響き渡っていた。




