第44話 剣神探訪
「ここがダーリンの故郷ですの?」
「この原風景。なんだか親近感が湧いてきますね!」
「世間を知らない田舎者というだけだ」
クレイス一向はカラマリスに足を運んでいた。といっても、実際には【転移】で跳んだだけであり一瞬で到着している。12年ぶりに帰ってきた故郷にこれといって望郷の念を抱くこともなく、むしろクレイスはどうでもいいことを考えていた。
何かと多様している【転移】だが、最近では近場の道具屋や武器屋に行くのにも使用している。あまりにも眠い時は、夜トイレに行くのに【転移】を使うことすらあった。おかげで歩くことが激減している。明らかに怠惰になっているのを実感せざるを得ない。かつてこのような便利すぎる力が一般化していた時代の人達は足腰が弱くなっていたのではないかと、そんな不毛なことばかりが気になっていた。
「まぁ、それはそれとして。なにか手がかりになりそうなものでも探すか」
「人の気配がしませんわね?」
「すんすん。なんだか空気も変な気がします。こう自然の中に異物が混ざっているというか……」
鼻を鳴らしてトトリートが周囲を探る。港や建物といった多くの人工物があるにも関わらず、そこに人がいる様子が見受けられない。それどころか、まるで時間が止まっているかのように不自然なほどの静寂が辺りを支配していた。
「とりあえず、実家に帰ってみるか」
「……酷い。何がありましたの?」
ミロロロロロの声には怯えが含まれていた。かつてクレイスも住んでいたウインスランドの本邸。しかし、当時の様子とは様変わりしている。到着した際に感じた疑念はより顕著なものとなり、目の前の異常は明らかに何かを訴えかけていた。床を塗りつぶし、壁一面、天井まで届くほど飛び散っている真っ黒な汚れ。それが血の変色した跡であることは明白だった。至る所に同様の痕跡が残されている。
「何かに襲われた? ……いえ、殺し合いでもしていたのでしょうか?」
「馬鹿な一族だとは思っていたが、とうとう我慢出来なくなって身内でやり合っていたのか? それで物足りず今度は上京してきたとかなんて迷惑な連中なんだ……」
呆れるしかないが、その想像は聊かリアリティに欠けていた。幾ら何でも理性くらいあるだろう。見境なしにそんなことをやったのであれば、それはもう人間ではなく本能で衝動的に動く動物と変わらない。
「こういうときは都合良く何があったのかが事細かに書かれた日記帳でも落ちているものだが、何かありそうか? 手分けして探したいが……いや、危険があるかもしれない。一緒に動こう」
「初めての共同作業ですわね!」
「この娘、ポジティブすぎて逆に怖い」
ミロロロロロにドン引きしつつ各部屋をくまなく回ってみるも、これといった手がかりは見つからない。母親のクランベールの事も気になっていたが、やはりその姿は何処にもなかった。
「ここまで来て手がかりなしというのも徒労感があるな。お腹空いたしお昼にでもするか?」
「お弁当を作ってきましたの♪」
「私は帝都の名店「椿屋」さんの3段お重です! 一度食べて見たかったんです」
「育ち盛りなのは良い事だ。実質、遠足みたいなものだしな」
トトリートの育ち盛りな胸元から目を逸らし、邸宅の裏庭に出て昼食を取り始める。一見すると和やかな昼食タイムだが、ここが惨劇が行われた現場であることを考えると座りが悪い。
今頃、マリア達は死闘を繰り広げているだろうか?
ぼんやりと思いを馳せるが、あの過剰すぎる戦力で負けるはずもない。とはいえ何があるかは分からないのも事実だった。相手は明らかに正常ではない。どんな手段に及ぶか分からないだけに、早々に戻って様子を見る必要があるかもしれない。グリッド君達もいるのでそこまで心配はしていないが、今回ばかりは当事者だけに責任を持って後始末しなければならないだろう。
と、クレイスは奇妙な違和感を憶えた。
「――なんだ?」
遠方、30メートル程。カラマリスは島といっても、しっかり上下水道が整備されている。濾過した清流は飲み水となり、汚水はやはり濾過して海に排出される。蛇口を捻れば水が出る。そんな中でも、時折使われるのが井戸だった。
「ひっ!?」
「なななな、なんですかあの気持ち悪いの!?」
そこから何かが這い出していた。形容すべき言葉が見つからない。敢えて言うなら肉塊だろうか。膨張し膨れ上がった筋肉、不自然なまでに光り輝いている紺碧の瞳。口と思わしき部分からは鋭利な歯とも牙とも言えぬ何かが見え隠れしている。それは明らかに自然界の生物ではなかった。生物としてのデザインに失敗した異形の化物。そうとしか言いようがない。
ゆらりと、這い出してきたそれがこちらに視線を定める。この距離からでも伝わる確かな敵意。そのまま匍匐前進のような形で近づいて来ようとしている。
「 【フォビドゥン】 」
だが、それはあっけなく、近づく間もなくクレイスが放った魔法によって絶命した。
「しまった。気持ち悪くて咄嗟に殺してしまったが、なんなんだコイツ?」
「ダ、ダーリン、触って大丈夫ですの? ばっちくありませんか?」
「なんでしょう、魔族? いや、違う。それと近いような……でも、そうじゃない」
「実はこんなのが大量に徘徊しているとかじゃないだろうな……」
面倒になり食事に戻る。ミロロロロロとトトリートもそんなクレイスに従い食事を再開させる。
「どうしますクレイス様、もう少し本格的に調べてみますか?」
「そうだな。この島で何かがあったことだけは間違いなさそうだ。食事を取ったら他も回ろう。探索ツアー第2部開幕だ」
「あのような化物とは出来れば関わりたくありませんわね」
既にピクリとも動かない化物だったが、クレイスは違和感に気づいた。
「ん? ギフト反応がある。こいつひょっとして――――人間か?」
横たわる異形。しかしそれは確かにかつて人間だった者だった。
◇◇◇
「どこに行きやがったんだ御使い!」
「クレイス君は大丈夫って言ってたけど、本当に問題ないんだろうねマリアちゃん?」
「私に聞かれても知りませんよ! だいたいなんであの人いないんですか!?」
対テロ特殊強襲部隊は全3班で編成された。時間は限られている。100時間以内で何とかしなければならない。いきなり授かった力に慣れる間もなく実践というのは不安だったが、とはいえそれを補って有り余るほどの強大な力が身体の内部に渦巻いているのを誰もが感じていた。
「クレイスさんから預かった手紙を読みますね。えっと、『もし怪我しても、ついでに【聖女】のギフトをマリアに付与しておいたから宜しくどうぞ』だそうです。――って、ふざけんなあのすかし野郎!」
マリアは手紙をびりびりに破ると地面に叩きつけた。
「どうどう落ち着けマリア」
「マリアちゃん凄いじゃないか。君、大陸で4人目の【聖女】なんて栄誉なことだよ」
「謹んで辞退申し上げますけど!?」
準備は整いつつあった。人員の振り分けも備品の補充も終わっている。しかし、そうはいってもクレイスがいないことは不安の種でしかない。この異常事態。何かあった場合、臨機応変に対応出来るかどうかは未知数だった。
「我々も当初からクレイス君に丸投げしようと考えていたわけだし、強く言えないのが辛いね」
「それでやり返されたわけか? とんだスパルタな奴だな」
「一応、すぐに帰ってくるとは書いてありましたが、クレイスさんの言うことなんで何処まで真に受けて良いのか……」
「クレイス君の手紙には、なんて書いてあったの?」
「実家に帰らせて頂きますと」
「あの野郎……!」
ワナワナとハイデルが拳を握っているが、いないものはどうにもならない。どのみちクレイスが用意した千載一遇のチャンスであることには変わりがなかった。すぐに帰ってくるという言葉を信じるしかないだろう。
「といってもやるしかないさ。これだけの力があるんだ。僕達だって今度は遅れを取らないよ」
「というか、最初から全部クレイスが一人でやったらいいのニャー」
「ニーナさん、それは言わないお約束ですよ」
そんな雑談を交わしながらも、突入の時は着実に迫っていた。




