第39話 皇帝殺害
その日、帝国に激震が走った。
「何が10番目の貴族だ馬鹿どもめ!」
「よくもまぁ、あれだけの戦力を隠していたものだね。呆れるよ全く」
「島に引きこもっていた陰キャ共が急にはしゃぎだしやがった」
冒険者ギルド中央本部に設立されたウインスランド対策室は慌ただしい喧騒に包まれていた。役員、幹部は元より、招集を受けた有力ギルドの支部長クラスも一堂に介している。
事の発端は2日前。
エクラリウス帝国の皇帝キセイドン・コロマシアスが殺害された。
犯人は明らかになっている。多くの目撃者がその場にいたからだ。
犯行を行ったのは、オーランド・ウインスランド。
帝国がその存在を隠蔽し続けてきた【帝国の剣】、ウインスランド伯爵家の現当主である。
凶刃を振るった【剣聖】に騎士達も対抗したが瞬く間に壊滅した。その場にいたのはオーランドだけではなかった。ウインスランドに連なる多くの者達が突如帝国に反旗を翻したのだ。
国家転覆を謀るテロ行為。
彼らの目的は何なのか、それは存外あっさりと判明する。
オーランドはその場で【剣神】を名乗ると、宣戦布告を行った。帝国への対立、いやそのような浅薄な目的ではない、人間種族そのものに対しての反抗をその場で高らかに名乗り上げたのだ。
武力を持って武力を制する。その信念の下、ただその本能に突き動かされているかのように、あまりにも強欲なその者達は、対立する道を選び、人類を蹂躙する敵となった。
ウインスランド伯爵家。
彼らの要求はただ一つ。
強さの証明、それだけだった。
◇◇◇
【帝国の剣】ウインスランド。
その力がどれほどのものなのか、知る者はいない。
しかし、騎士達を寄せ付けず壊滅させたその力は、途方もないものだった。そしてそれを率いる【剣神】を名乗る男、それが事実だとすれば、対抗出来る存在など限られている。
冒険者ギルドを統括する立場にあるギルドマスタークラウン、ハイデル・ギルスタントは事態の収拾に頭を悩ませながら急いで現状確認に務めていた。中心となっているのは、ハイデルと副クラウンのミゲル・カーネリオンの2人である。共にかつてSランク冒険者として活躍していたこともある。
「Sランクパーティーに連絡は付いたか?」
「間に合いそうなのは【カーニバルハント】と【グリッド君と愉快な仲間達】の2つだけかな」
「クソ、何処で何をやってるんだこんなときに! Aランクは?」
「【ドレッドノート】と【レッドクリフ】後、3つが限界だね」
「【エインヘリアル】は……もうないか。あの腐れ【勇者】は何処に行った!?」
「消息不明。連絡が付かない」
「とことん役立たずめ。さっさと死んでしまえ!」
対策本部には暴言が飛び交う。騎士団が壊滅させられた以上、次に戦力を抱えているのは必然的に冒険者ギルドになる。ウインスランド家が争うことを目的としている以上、対立は必須だった。
しかし、それは冒険者の仕事ではない。人間同士の争いなど冒険者には何ら関係のない領分にある。有力パーティーに幾ら招集を掛けても集まらないのは自然なことでもあった。仮にこんなことで有力な冒険者が失われることになれば、その損失は計り知れない。凶悪な魔物の発生など、本来冒険者が担うべき役割に支障が出かねない。
とはいえ、無関係だからと見逃してくれるような相手ならば、皇帝の殺害などという凶行には及ばないだろう。どちらにしても衝突は避けられない状況だった。
「おいてめぇ、ローレンス。さっさと御使いに菓子折り持って謝罪に行ってこい。ついでに嫁でも抱かせてやれ」
「分かってるよねローレンス君? 君を手元に置いておいたのは、クレイス君との交渉材料だからだよ。僕達だって関わりたくないとは思っていたけど、ま、この事態だから。君が怒らせてしまった以上、責任取ってくれるよね?」
ハイデルとミゲルの冷めた視線がローレンスに突き刺さる。
「しゃ、謝罪はする! だが、命だけは助けてくれ!」
「それはクレイス君が決めることでしょ。だいたいローレンス君だって、クレイス君に余計なこと言っちゃったんでしょ。そこはもう覚悟を決めて首を差し出そうよ。それで万事解決。めでたしめでたし」
「そんな解決があってたまるか!」
「逆切れしてんじゃねぇぞカス! てめぇの所為でこのまま協力が選らなければどうなると思ってんだ!」
ローレンスは顔面蒼白になっていた。
Sランクパーティーの【エインヘリアル】を崩壊させた挙句、クレイスと敵対した責任を取らされ、ローレンスはギルドマスターの地位を罷免されていた。それにより冒険者ギルドをクビになったのならまだマシだったが、実際にはクレイスに対する交渉材料として、本部預かりにされ、生殺与奪権を握られている始末だ。そして今まさに、過去の自分の愚かさによって窮地に立たされている。
「あーもう、面倒くさいなぁ。こんなのギルドの仕事じゃないでしょ。クレイス君に丸投げ出来ない? それが一番被害も少ないだろうし」
「人間同士の殺し合いなんぞ冒険者がやることかよ。だが、どういうつもりでいきなりこんな馬鹿な真似をしやがったんだアイツ等……クソ!」
テロリスト相手に有効な対策など浮かばない。道理を説くのも無理な話だった。それに相手が悪すぎる。無傷で制圧するなど不可能だろう。むしろ、こちらが全滅しかねない。
それでも、少なくとも対抗できる力がある限り、自分達も関わらなければならない。冒険者ギルドは治安の安定も担っている。だからこそ厄介極まりない事態だった。
ましてや、皇帝が殺害されこのままの状態が長引けば、直にエクラリウス帝国は崩壊を迎えることになるだろう。王国で謀反が起こり体制が覆されたかと思えば、息つく間もなく今度は帝国が国家存亡の危機に立たされている。にわかに世界に変革がもたらされようとしていることを、誰もが肌で実感していた。
皇帝が殺害され、仮にこのままの状態で新たに後継者が即位したとしても、ウインスランド家をなんとかしない限り同じことが起こるだろう。激動の渦の中、どう行動するのが正しいのか、正解が全く分からない。
「マリアちゃんいる?」
「はい、ここに」
カツンとパンプスが床を叩く小気味良い音がする。
ミゲル直属の部下であるマリア・シエンが人込みをかき分け、前に出てくる。ミゲルが最も信頼を置く優秀な部下であり、短く切り揃えられたショートヘヤー、乱れもなく常にキチっとスーツを着こなしている才女でもある。
「交渉は君に任せた。ほらモナカ持って行っていいから」
「クレイスさんは子供じゃないですし、甘いもので釣られないのでは?」
「そんなこと言われてもさ、じゃあどうすればいいのさ?」
「それを今まで話し合っていたのではないのですか?」
「こんなのさー、結論なんて出るわけないじゃん」
「マリア、お前が抱かれてこい」
「セクハラで訴えますよ」
決してふざけているわけではない。
皇帝殺害という非常事態に、彼らもまた状況を把握しきれず浮足立っていた。
「マリア、帝国の未来はお前の双肩に掛かっている」
「玉の輿狙っていこうよ」
「荷が重すぎます」
呆れ眼で上司を睨みつけるが、実際問題、自分の身体程度で協力が得られるのであれば、マリアにとっても楽な話だった。このような事態を収拾出来る存在など、彼をおいて他にいないのだから。
冒険者ギルドとしても、友好的な関係を築くに越したことはない。だが、ローレンスという愚かな男の所為で、クレイスの不評を買っていることは冒険者ギルドが抱える最大の懸念事項だった。
既に帝国の中枢機能は麻痺している。この事態に組織として動けるのは、教会と冒険者ギルドしかない。だが、だからといって対処出来るような問題の次元を遥かに超えていた。
「こいつはもう、神頼みしかねぇようだな……」




