第37話 シヌヌヌン住血吸虫症
ドリルディアさんはギャル
「ごめん、あーしの力じゃ治せない……」
エルフ達の集まる集落は、まるで火の落ちた竈のように暗く、深い悲しみに暮れていた。
その空気をひしひしと感じながら、ドリルディア・ドライセンは沈痛な面持ちで告げる。普段は明るく表情豊かなドリルディアだが、今は自らの無力さに打ちひしがれていた。
部位欠損すら回復させる【聖女】の力と言えども決して万能ではない。回復魔法は外傷を癒すことは可能でも、内傷や心因性の疾患といった身体の内部から発生する不調まで治療することは不可能だった。回復魔法があっても、ハーブや漢方といった生薬医学が廃れない理由でもある。
睡眠不足や栄養不足も回復魔法ではどうにもならない。外傷は直せても失った血まで補充出来るわけではない。筋肉の損傷は直せても、低下した筋力を戻すことは出来ない。それが回復魔法の限界だった。元の状態まで回復する為には、地道なトレーニングやリハビリが必要となる。
「そんな……では、姉上は助からないのですか!?」
苦悶の表情を浮かべながら静かに横たわる姉、トトリトート・トトリントンの姿を祈るように見つめながら、トトリート・トトリントンは焦燥を滲ませる。【聖女】の回復魔法でも治療出来ないとすれば、自ずとこの先に待つ死を意識せざるを得ない。
エルフ族の族長トトリトートは、部隊を率いて終滅の魔獣シヌヌヌングラティウスの討伐に向かった。しかしまだ覚醒前の魔獣シヌヌヌングラティウスの前に成す術もなく部隊は半壊。トトリトートは自身が囮となり、なんとか生存者を逃したものの、トトリトートは魔獣シヌヌヌングラティウスから何らかの攻撃を受け昏睡状態が続ていた。
「呪いの類でも……ない。【解呪】しても何の反応もないから……」
「姉上は戦うしか能がない私と違いエルフ族の柱石。このようなことで失われてはならぬのです!」
「分かってる! 分かってるけど、あーしじゃこれ以上……」
ドリルディアは【聖女】としてあらん限り八方手を尽くした。しかし、依然としてトトリトートの容態は変わらず、打つ手なしの状況に陥っていた。
原因すら分からないが、そこには回復魔法特有の問題点が存在している。回復魔法の効果は絶大だが、それに頼るあまり医学の発展が遅れていることに人間種族達は気づていない。
【聖女】とて外傷には強いが、その一方で、人体内部の異変を察知出来るほど医学的知識に詳しいわけではないし、人体構造を完璧に把握しているわけでもなかった。【聖女】の奇跡は神の御業とも称えられる程だったが、そうだとしても【聖女】は医療の専門家ではない。そこに本質的な問題を抱えていた。回復魔法と医術は似ても似つかぬ関係にある。
「早くしないと不味いかも……。生命力が蝕まれてる。このままじゃ……」
「どうして姉上が……。私が代わるべきだったのに!」
「トトちゃん、そんなこと言うのは止めて! トトリちゃんでもトトちゃんでも、どっちでも駄目だから」
「でも――!」
トトリートは泣いていた。トトリトートに付き添っている侍女達も涙を浮かべていた。それだけでもトトリトートがどれだけ慕われているのか伝わってくる。だからこそ助けたかったが、ドリルディアは自分の無力さに歯噛みすることしか出来ずにいた。
ドリルディアとトトリートには面識があった。そのため、トトリートは真っ先にドリルディアを頼ったが、【聖女】のドリルディアでもどうしようもなければ、他にこの事態を打開出来るような心当たりなどあるはずもない。
魔獣シヌヌヌングラティウスは滅び、後顧の憂いもなくなった今、敬愛する姉が犠牲になるなどトトリートには耐えられないことだった。
「このようなことになるならば、魔獣など放置しておけば……」
そう、魔獣シヌヌヌングラティウスなど放置しておけば良かったのだ。魔獣シヌヌヌングラティウスを一瞬の下に屠ったあのような男が存在するのなら、最初から姉が討伐に向かう必要などなかった。結局、要らぬ犠牲を強いられることになってしまった。
――――あれ?
「――――そうだ! あの人、あの人なら何とかなるかもしれない!」
「ど、どうしたのトトちゃん!?」
「ドリルディアさん、あの人ですよ! 魔獣を倒したあの男の人」
「ちょっと、トトちゃん落ち着いて! あの人って、誰のこと!?」
「御使い様です!」
そこまで聞けば、流石のドリルディアでもピンとくる。
「あー! なんで気づかなったんだろ。あーしってどんだけ馬鹿なの……。そうだよね、クレイスちゃん、クレイスちゃんなら何とかなるかも!」
悲痛な表情だったドリルディアがパッと笑顔になる。
褐色がかった肌が、薄っすらと赤く染まっていた。
ドリルディアは自分を馬鹿だと卑下しているが、決してそんなことはない。彼女とて【聖女】として最高峰の教育を受けている。しかし、それを飾らない奔放さこそドリルディアの魅力であり、そんな陽キャなドリルディアだからこそトトリートと親しくなるのに時間は掛からなかった。
「クレイスちゃんでも無理なら、きっとこの世界の誰でも無理だよね」
「ドリルディアさん、私、今すぐ呼んできます!」
「あっ! トトちゃん待って。待ちなさいってこの猪エルフ!」
場所も聞かず慌てて駆け出そうとするトトリートの背中を追いかけながら、クレイスならば何でもないことのように解決しくれるのではないかと、ドリルディアは安堵する自分を感じていた。




