第31話 終滅の魔獣シヌヌヌングラティウス
第3章開幕。サクサク終わります。
700年前、ある1人の神が人間界に魔獣シヌヌヌングラティウスを放った。
その神、オンドォルはミトラスに恋をしていた。
しかし、ミトラスにフラれたオンドォルは逆上し、ミトラスの管轄下にあるこの世界に、魔獣シヌヌヌングラティウスを解き放った。
この世界に住む者達は、それがただの嫉妬によって引き起こされたということを知らない。そして、これは神の怒りだと恐れ慄いた。
魔獣シヌヌヌングラティウスはその力を持って世界を蹂躙した。
街を焼き尽くし、水源を汚染し、森林を腐らせ、太陽を遮った。
闇に染まり、絶望に塗り替えられる世界。
生物の多くが死に絶え、人類もまた未曾有の危機に立たされる事になる。
それは人間だけではなかった。魔族もエルフもドワーフもドラゴン種族も皆一様に魔獣シヌヌヌングラティウスを恐れ滅亡の危機に瀕していた。
終滅の魔獣シヌヌヌングラティウス。
そんな魔獣シヌヌヌングラティウスに立ち向かったのが、当代最強と呼ばれた【勇者】ペトリオット・バッドヒルドが率いる勇者と多種族の混成パーティーである。
その死闘は激戦を極めた。
魔道の粋を集めた究極魔法が飛び交い、聖剣がその真の力を発揮し、聖女の奇跡が傷ついたパーティーメンバーを癒し続けた。
種族の存亡を掛けた、決死の戦いは7日間も続いたという。
そして、遂に勇者達は魔獣シヌヌヌングラティウスを追い詰める。
しかし、勇者達も限界に達していた。あらん限りの力を振り絞り放った最後の一撃が魔獣シヌヌヌングラティウスに致命傷を与える。
崩壊する魔獣シヌヌヌングラティウスの姿に勇者達は勝利の喜びを分かち合った。
この世界に住む種族達は、魔獣シヌヌヌングラティウスに打ち勝ったのである。
だが、魔獣シヌヌヌングラティウスは死んではいなかった。その強靭な生命力で一命を取り留めた魔獣シヌヌヌングラティウスは、深い眠りにつくことになる。
――あれから700年。
傷が癒え、長きに渡る眠りから目覚めようとしていた魔獣シヌヌヌングラティウスは、自らを傷つけたこの世界の種族達を滅ぼすことしか頭になかった。
今度こそ自らの手で終滅の裁きを――。
魔獣シヌヌヌングラティウスの悪意がアンドラ大森林に蠢きだす。
かつて世界に絶望を与えた災厄が今こそ帰還する。
「あの魔物達はなんだったんだ?」
ふと、かつて愚かにも立ちはだかり、この身を傷つけた憎らしき人間の声がして、魔獣シヌヌヌングラティウスの全身から憎悪が噴き出す。
最初の獲物はコイツにしよう。コイツを殺して、災厄の化身は蘇る――!
――しかし、おかしい。
魔獣シヌヌヌングラティウスがこの場所で眠ることにしたのは、ここが人間の立ち入れる領域ではないからである。自らより遥かに劣るとはいえ、強大な力を持つ魔物が徘徊するこのような場所に人間が立ち入るはずがない。
「 【星降りの涙】 」
魔獣シヌヌヌングラティウスに悪寒が走る。
人間が何か言葉を発した。
それはかつて大賢者が唱えた究極魔法に酷似していたが、その威力は、魔獣シヌヌヌングラティウスが知る究極魔法など児戯にも等しいものだった。
――それはたた一言、破滅。
あまりにも高密度、あまりにも高純度の場違いで桁外れな破壊力。
ただ相手を滅ぼすだけの破壊の意思。
濃厚な死の気配。
本能がそれを否定する。
魔獣シヌヌヌングラティウスは生まれて初めて恐怖した。
700年前には存在しなかった。
自らを強大な存在だと信じて疑わない魔獣シヌヌヌングラティウスにとって、それはこの世界に存在してはいけない力だった。
天空から降り注ぐその美しき燐光を、魔獣シヌヌヌングラティウスはただ無力に眺めることしか出来ない。
それが、魔獣シヌヌヌングラティウスに終滅をもたらす光であることを知ったときには、魔獣シヌヌヌングラティウスの身体は消滅していた。
「キシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」
断末魔をあげる中、魔獣シヌヌヌングラティウスの耳に「特に異常はなし……か」という底抜けに場違いな声が届く。
続けて「ピクニック日和なのになぁ」という声が聞こえ、ピクニックって何だよ! と、思ったのを最後に魔獣シヌヌヌングラティウスの意識は途絶え、絶命した。
こうして終滅の魔獣シヌヌヌングラティウスは滅びた。
密かに世界を救ったその大偉業を知る者はいない。
――という、わけでもなかった。
焦土と化すアンドラ大森林。
深奥と呼ばれる森の最深部は、生物が死に絶え静謐な樹海だったはずが、一瞬で焼け爛れた大地に変貌していた。赤銅色の地面が剥き出しになり、ドロドロとマグマのような熱が渦巻いている。
その様子を呆然と眺めている者達がいた。
終滅の魔獣シヌヌヌングラティウスに悲壮な決意を持って挑まんとしていた戦士達。
終滅の魔獣シヌヌヌングラティウスは勝てる相手ではなかった。
だが、それでも、その命さえも投げ出そうとしていた者達がいた。
その戦士達を率いていたのは、凛然とした美しい女。
姉の仇を討つべく、魔獣シヌヌヌングラティウスに立ち向かおうとしていたのは、エルフ族、族長トトリトート・トトリントンの妹であり屈強な戦士でもある、その名は、トトリート・トトリントン。
トトリート・トトリントンは、その白磁のように美しい表情を歪める。
いったい、今目の前で何が起こっているのか理解することを脳が拒否していた。
なんでもない一瞬で終滅の魔獣シヌヌヌングラティウスは消滅してしまった。
その非現実的な光景に、ただ一言、トトリート・トトリントンの口から洩れたのは、
「いや、おかしいでしょう」
身も蓋もないツッコミだけだったが、それを否定する者は誰もいなかった。
第3章完! 次回、アノ人は今




