第30話 凶兆
あれからしばらく経ち、ダーストン王国は滅びた。
滅びたといっても国家が消滅したわけではない。王国という名が崩壊し、共和国へと体制変更が行われた。ダーストンという名前を残すかどうかは今後、国民投票で決定されるという。
王家が廃止されたとはいえ、国家名に愛着を持っている国民も多い。どのような結果が出るかはまだ分からないが、いずれにしてもダーストンは新たな道へと進み始めた。
享楽の限りを尽くしていた王族はポポロギンスと共に処刑され、国家主席としてスレインが暫定的な代表となった。後見人は【聖女】のミラが務める。こちらもまた、新たな国家代表を選挙によって選ぶとしており、あくまでもそれまでの代理であり、スレインはその地位に特段の執着を見せていないらしい。
問題なのは【聖女】のミラである。本来、教会に所属する【聖女】が、国家運営に深く関わることは内政干渉にあたる。しかし、ミラは御使いの意向とし干渉を止めなかった。スレインもまた王家廃絶に伴い、王を不要としたのは御使いの意向というクレイスの名前を最大限利用した。
なんでもかんでも御使いの意向でゴリ押しすれば良いと思っている。
そうなったのは、クレイスが後始末を一切せずにその場を後にしたからであるが、それを本人は知る由もない。因みにそのことをクレイスが知るのは、もう少し後のことである。
ギフトによって与えられた王という地位を、ギフトの剥奪によって失ったダーストン王家には、なんの求心力も残っていなかった。溜め込んでいた資産は分配され王城は解体。跡地には議会を行う議事堂が建設予定だという。
だが、話はそれで終わらない。
教会により、大々的に御使いの存在が発表されて以降、瞬く間にダーストン王国が崩壊したという事実は、他の国家にとてつもない衝撃をもたらした。
御使いに反抗したダーストン王家が【王紋】を剥奪されたという話は当然の如く伝わることになり、大陸中を震撼させることになった。それまでどの国家も、女神の代行者、御使いの扱いに困惑していたのが、この一件を持って決定的となる。
――関わるだけ損――
―――触らぬ神に祟りなし―――
というコンセンサスが各国で出来つつあった。
さりとて友誼を結べば安泰かというと、そう簡単な話でもない。
クレイスの意向を汲み取ったミラは、御使いは、わざわざ敵対するような真似をしなければ干渉を望まないという旨を公表。それにより、クレイスの知らないところで、その存在は腫物扱いとなっていた。
目を合わせると国家を滅ぼしにかかる要注意人物。
歩く自然災害、大陸間弾道大迷惑野郎など散々な言わようである。
概ねそういう理解が各国首脳陣に共有される中、そんなことは露も知らないクレイスは1人、アンドラ大森林の中を歩いていた。
◇◇◇
「あの魔物達はなんだったんだ?」
自らが殺され掛けたタイラントウルフの異常発生。
全滅させたとはいえ、本来いるはずのない森の浅い場所に危険度の高いモンスターが姿を現すのは異常事態だった。スレイン達が襲われていたライオットオーガもまた、あのような場所に出現するのは不可解だ。
原因を予想する中、可能性が高いのはアンドラ大森林の深奥で何らかの異常事態が発生し、それにより強力な魔物達が逃げ出したという仮説である。
深奥に近づけば近づくほど、高純度の魔素が満ち強力な魔物が跋扈するようになる。それが逃げ出す程のナニかがあるのだとしたら、その危険度はタイラントウルフの比ではない。
危険すぎる森で、このような奥深くまで人間が立ち入ることなどあり得ないが、クレイスは気にせずどんどん進んでいく。
が、不思議なことに森の深奥へ近づくにつれ、周囲からは生物の気配が希薄になりつつあった。魔素により生命力に溢れていたはずが、満ちているのは瘴気であり、深奥から逆に森が腐り始めている。
重苦しい澱んだ空気が辺りを包む。
異常なまでの静寂。
「 【星降りの涙】 」
広範囲に軽く魔法をばら撒き牽制してみるが、手応えはなく、これといって特に変わった様子も見受けられない。至って平和なものである。むしろ森の深奥まで足を踏み込んでおきながら、平和であるということの方がおかしいのだが、しかし、その原因が特定出来ない。
クレイスの放った魔法がうっかり直撃したのか、何処からか微かに魔物の声が聞こえた気がしたが、精々その程度のことだった。
「特に異常はなし……か」
復讐の発端となっただけにクレイスも気にしていたが、どうやら思い過ごしだったらしい。自らの殺害現場を確認するついでに調査に来てみたが、タイラントウルフの件は本当にイレギュラーだったのだろう。クレイスから見て、アンドラ大森林に異変は感じられなかった。
「ピクニック日和なのになぁ」
重ねて言うが、決してそんなピクニック気分で来るような場所ではない。
これといってなんの成果もなく、ただ徒労に終わったことに気落ちしながら、クレイスはアンドラ大森林を後にした。




