第27話 ミラ・サイトルパス
「こんなギフトがあっていいのか……」
「なんだか、恐くなってきますね……」
スレインやキキロロ達の表情は一様に引き攣っていた。
ギフトの力に慄いている一行を無視して、クレイスは淡々と続ける。
「『転移』は本来なら自分が行ったことがある場所にしか使えないが、ダーストンの位置情報を知っている君達の記憶を『探査』すれば問題なく使える。これもギフトの応用だな」
「本当に一瞬で帰れるのですか? わたくし達がここまで来るのにかなり時間が掛かったのですが……」
「あまり長引かせたくない」
「いえ、そういう話ではなく……」
「【禁忌魔法】だからな」
「いえ、ですからそういう話でもなく……」
投げやりなクレイスの言葉に困惑する一方の一同だったが、クレイスは面倒くさい説明は全て【禁忌魔法】とでも言っておけば勝手に納得するだろうと見当外れなことを考えていた。
「それで、どちらに転移されるおつもりですか?」
「【聖女】に言いたい事がある。まずは教会に飛ぶぞ」
◇◇◇
着いたのは、神殿だった。
辺りは日が落ちてすっかり暗くなっている。
「ミラ、スレインです。よろしいですか?」
今度は短距離転移を使うと、警備の目を掻い潜りミラの部屋の前まで飛んだ。
既に公務は終わっているのだろう。ミラの自室の前に来ると、スレインが扉が叩く。
目的の人物は、存外あっさりと顔を見せた。
「――スレイン!? 何故貴女がここにいるのですか? 一刻を争うことは貴女が一番分かっているはず。クレイス様に会いに行くようにとあれほど――」
「君が【聖女】ミラか?」
ハッとしたような表情で、ミラがこちらに視線を向ける。
「ミラ、わたくし達はクレイス様のお力で帰ってきたのです」
「も、申し訳ありません! 私はミラ・サイトルパス、この国の【聖女】です。ですが、何故こんなにも早くこの国にクレイス様が――」
「ここでするような話じゃない。まずは部屋に入れてくれ」
クレイス達はミラの部屋に入ると、これまでの経緯を話し始めた。
「『転移』……確か過去にはそのような魔法があったと記録されていますが、まさか実際に使えるとは……。あぁ、クレイス様はやはり天の御使いなのですね……」
「【禁忌魔法】だ」
「しゅごい……しゅき……」
自信満々にいい加減な説明をして満足しているクレイスだが、そこにツッコム者はいない。
うっとり悦に入っているミラだが、かといって、今はそれどころではない。
「それはともかく。ミラ、スレインに俺を頼るように言ったのは君らしいな?」
「はい。どうしてもクレイス様のお力が必要だったのです」
「教会がそんなことに加担して良いのか?」
「勿論、そのような干渉は本来許されません。ですが、クレイス様のご意向があれば別です。現国王ポポロギンスを含めた王族を背教者とし、スレインを正当な王として認定出来ます」
「だが君はスレインに2つ隠していることがある。違うか?」
「……お見通しなのですね」
その言葉にショックを受けたのはスレインだ。
「ミラ、わたくしに隠し事があるのですか!? わたくし達は親友でしょう!」
「スレインごめんなさい。でも、必要なことだったのです」
やはりスレインは気づいていなかったようだ。
クレイスから見て、スレインはとても気高く優しい少女に見えた。だからこそ、理解していれば彼女が持つはずの葛藤が見られなかったことを不審に思っていた。
「ポポロギンスに何故【王紋】の話をした? 君達が計画を実行するなら、警戒させずに黙っていた方が得策だったはずだ。ましてや謀反を企てるのであれば、【王紋】を持たない妾腹の娘であるスレインは真っ先に容疑者として疑われる」
「スレインは私の手伝いをするよう、公務でこちらに出向している形になっています。気づかれてはおりません。その間、密かにクレイス様に会い、ご助力を乞うつもりでした」
「なるほど、だがそれでは答えになっていない」
クレイスは真っ直ぐにミラを見据える。
「君は俺を利用したな? 君は俺の敵か?」
「――ッ!? 申し訳ありません! ですが、決してそのようなつもりではございません!」
スレインはわけがわからず両者の間で視線を往復させながらオドオドしている。
ミラは単にスレインに【王紋】を授けさせるためにクレイスの下へと向かわせたわけではない。
「ミラ、君が俺のことをポポロギンスに話して謀反を意識させたのは、それでポポロギンスが俺に対して何らかのアクションを起こすだろうと予想していたからだ。事実その通りポポロギンスは俺の命を狙って刺客を送り込もうとしているんだろう?」
「…………」
「もし君がポポロギンスに俺のことを伝えなければ、スレインが俺に会いにきたとしても、俺はダーストン王国とは一切何の関係もない部外者だ。君達に関わる理由がない。だが、君はポポロギンスに俺の命を狙わせることで俺を巻き込んだ。違うか?」
「……その通りです。クレイス様を利用しようとした罪は私の命を以て償います! ですが、クレイス様のお力で、どうかスレインに【王紋】を授けてくださりませんか? でなければこの国は――!」
「断る」
「――そんな!?」
キッパリ告げると、ミラの表情がハッキリと青ざめる。
「もう一つはそのことだ。俺がスレインに【王紋】を授けて謀反が成功すれば、スレインが女王に就任したとしても、実質的にはその上に俺の存在があることになる。どう取り繕っても他国はそう判断するだろう。俺を庇護者にすることで、スレインを護るつもりだったのか?」
「はい。スレインはまだ若い。成功したとしても内外に敵は多い。しかし、クレイス様の庇護下にあるとすれば、これほど安全なことはありません」
「ミラ……」
その言葉に嘘は込められていない。
だが、だからこそクレイスは告げる。
「スレイン、ミラ。何故俺が【王紋】のギフトを授けないか分かるか?」
「いえ……」
「ぶっちゃけ面倒だからだ」
「そ、そんな理由で!?」
身も蓋もない理由だが真実だった。
「それが一番の理由だが、もう一つある。スレイン、君に【王紋】を授け、謀反が成功したとしよう。君が女王になり、確かに一時的にこの国は救われるかもしれない。だが、その後はどうなる?」
「その後ですか……?」
スレインはミラと目を合わせるが、明確な答えは返ってこない。
「君から【王紋】を受け継いだ子供が次の王になったとして、その子供は君と同じ理念を持っていると言えるのか?」
「それは……」
「君の子供くらいまでなら、君自身で責任が持てるかもしれない。だが、その子供の子供はどうだ? 君がいなくなった後、連綿と【王紋】を受け継いだ君の子孫達は果たして君と同じだけの志を持った王となるのか?」
口を噤むスレインとミラ。
そう、それがこの【王紋】というギフトの問題点だった。
代々続くそれはいつしか祝福ではなく呪いへと変貌してしまう。
そしてその呪いが故に、現在のような状況に陥っているのがダーストン王国だった。
「そうなればポポロギンスと同じだ。この国を興した初代国王は素晴らしい人物だったのかもしれない。しかし、【王紋】が受け継がれる中、今ではこの有様だ。スレイン、ミラ。君達はそんなことが起こらないと、未来に責任が負えるのか?」
「……無理……です」
「俺はそんな責任を背負えない。だから君に【王紋】は授けない。分かるな?」
「……はい」
反論出来ない悔しさで唇を噛みしめがら、いつしか2人の目からは涙が零れていた。
その姿にふっと表情を緩めると、2人の頭に優しく手を置く。
「だがまぁ、俺を殺そうとしている報いだけは受けさせる。その分だけ協力しよう。スレイン、ミラ。未来は未来の者達に任せろ。だったら、俺達はどうすればいい?」
「いったい何を……?」
クレイスは2人にこれからやろうとしていることを告げる。
「――授けるんじゃない、奪うのさ」




