第26話 王家の証と謀反の兆し
スレインが話を終えると、重苦しい沈黙に包まれる。
しかし、クレイスはどうしても腑に落ちないものがあった。
「悪いけど、全部そっちのお家事情であって、俺には関係ないな」
スレインがサッと目を逸らす。
「やることがあって忙しいんだ。ダーストン王国? とかハッキリ言ってなんの関心も持てないし、だいたいそんな重要そうな問題を持ち込まれても困るというか、勝手に恨まれて殺されるとか傍迷惑すぎるだろ」
ポニーテールの女騎士、キキロロが勢い込んで頭を下げる。
「どうか我らに道をお示しくださいクレイス殿! 今日、我々がここまで来たのはミラ様の助言であり、このままおめおめと引き返すわけにはいかないのです!」
「クレイス様、ダーストンの民は圧政に苦しんでいます。それを解放する為にもお力をお貸ししては頂けませんか?」
必死に頭を下げてくるが、どうでもいいものはどうでもいい。
だいたい部外者が手を貸すことことが正しいとも思えない。
仮にクレイスが手助けしたとして、それで納得が得られるのか。
しかし、この様子だと言って諦めるようにも見えなかった。
深いため息を吐く。
「君達はそれで俺に何をして欲しいの?」
尋ねると、スレインが服の裾をめくり、左手首をクレイスに向ける。
「……えっと、日焼け止め塗ろうか? 綺麗な肌だけど」
それが何を意図しての行動か分からないクレイスは、とりあえず見たままを答える。
「あ、ありがとうございます。……ですが、違います! そのようなお話ではなく、ご覧いただいた通り、わたくしには【王紋】がないのです」
若干、スレインが顔を赤く染めているのは気のせいではないだろう。
だが、続く言葉は興味深いものだった。
「君は王族じゃないのか?」
「わたくしは、国王ポポロギンスが娼婦との間に設けた、妾腹の娘なのです。その後、ポポロギンスは母を捨て、生まれたわたくしは、名目上だけ王女という地位を得ました。ですが、権力も何もありません。そしてわたくしには【王紋】も引き継がれなかった」
伏し目がちに話すスレインの言葉には怒りが込められていた。
「ダーストン王家は、その地位を笠にきて圧政を繰り返しています。国庫は困窮し、民は苦しむ一方です。産業構造の転換は必要不可欠。しかし、現国王含め、王族の誰もがそれを理解していない。そんなわたくしの話し相手になってくれたのが、ダーストン国の【聖女】ミラです。ミラはわたくしの親友で、一緒にずっと密かにある計画を練ってきました」
そこまで聞けば、流石のクレイスにも言いたいことが理解できる。
しかしそれは、部外者のクレイスが聞いて良いものなのか迷う話でもあった。
「謀反か」
「…………はい」
それはこのような場所でするにはあまりにも場違いな話題と言えた。
しかし、スレイン含めキキロロなど全員の顔は真剣そのものだった。
「それが何を意味するのか理解しているのか? 【王紋】がないとはいえ、君もダーストンなんだろう? 成功すれば君は父親を殺すことになるかもしれない。失敗すれば君は殺されるだろう」
「わたくしは、ポポロギンスを父親だと思ったことはありません」
「恨んでいるのか父親を?」
「そう……ですね。母が死んだとき、ポポロギンスは顔も見せなかった。父とは思いたくありません。わたくしはあの男を憎んでいます。あのような者が王であってはならない――」
「それで、【王紋】か」
「はい」
一通り話を聞いて尚、クレイスは協力する気にはなれなかった。
結局は何を言った所で他人事でしかない。
王国の行く末になど興味がない。
「既に王宮内には複数の協力者がいます。国民の間にも信頼出来る者たちに話を通し、準備を進めてもらっています。後もう一歩なのです。どうか、どうかお力をお貸しください!」
クレイスには気に入らないことがあった。
だが、それをこの目の前の少女は理解していないだろう。
では、入れ知恵をしたという【聖女】ならば、どうか?
「断る。君に【王紋】は授けない」
「そんなっ!?」
「だが、【聖女】には幾つか言いたいことがある。俺を狙っているとかいう王様にもな。今すぐにダーストンに向かう。準備して欲しい」
「え?」
クレイスはニヤリと告げた。
「さっさと終わらせよう」
◇◇◇
「ヒュリオット殿下、税の減免嘆願書が届いておりますが如何なさいますか?」
ダーストン国、第一王子ヒュリオット・ダーストンは自身の執務室でやれやれと息を吐いた。
ヒュリオットは眩しい金髪を手で撫でつけながら、不機嫌さを隠す事もなく文官のエルドリックと会話を続ける。
「まったくいつになったら足りない頭で理解するんだろうね? 下賤な者達を生かしてやってるのはこちらだというのに。そんな僕達に感謝ではなく意見するなんて、これは反逆だと思わないかい、エルドリック?」
「で、ですが、ヒュリオット殿下、昨年は干ばつによる影響で収穫量が大きく減っています。考慮しても良いのではないかと……」
「君も僕に意見するのかい、エルドリック?」
「い、いえ……そのようなことは」
エルドリックは怒りを抑えながら冷静に答える。
だが、目の前の男は、そんなエルドリックの様子にさえ気づかず楽観的に続ける。
「その嘆願書を出してきた奴を鞭打ち刑にしよう。広場で見せしめにしてやれば、身の程というのを弁えるだろう。死刑にしないだけ有難いと思って欲しいね」
「な……!?」
(このようなことがあってはならぬ! いつからこの国はこれほど腐ってしまったのだ! ……この嘆願書を出してきた者の名前、確かスレイン様の賛同者だったはずだ。志同じくする同士を失うわけにはいかない……。スレイン様、計画の実行はまだなのですか?)
エルドリックは面従腹背の姿勢を見せると、静かに執務室を後にした。




