第22話 大発表される聖杯
「冒険者あるある言いたいだけだろ……」
ギルドでのお寒い茶番で疲弊したメンタルを回復すべく食事を取る。
アレから根掘り葉掘り聞かれることになったが、とりあえずクレイスはSランクパーティーとしての過去を捨て、新人のソロ冒険者として登録を済ませた。疲労感の抜けないまま宿の食堂に置かれている新聞を手に取る。
全国紙「冒険者タイムス」はギルド監修、発行部数1000万部を誇る業界新聞である。
その名の通りハンター専用の新聞であり、ギルドや宿屋など良く利用される施設に置かれている。
天候や気象状況、各地の魔物分布図、特性や倒し方、求人案内に至るまで、冒険者に役立つキメ細かな情報が記載されている。他にも大規模クエストの発令や危険度の高い魔物の出現による緊急告知など重要な情報も多い。ハンター募集の依頼が掲載されるのも日常茶飯事のことだった。有力な冒険者にはギルドから直接声が掛かることも多いが、拠点を持たずフリーで活動している冒険者にとっては貴重な情報源である。
『聖アントアルーダ教会、神の代行者と認定』
「これはアレだな。気のせいだな、うん」
とりあえず現実逃避してみた。
記事の一面トップを3人の【聖女】が飾っている。
何故か自分の名前が見えた気がしたが、気のせいだろうと黙殺する。
見なかったことにして、何か他に情報がないかパラパラとめくってみるが、国際面、経済面、政治面、文化面、くらし面、芸能面、地域面、社会面の全てが同じ話題一色に染まっていた。
特集コーナーは、ギフトの力を使って世界樹を栽培しよう!
勝手にやって欲しい。
「なぜ俺の顔写真が存在している……?」
黒い目線が入っているが、でかでかとクレイスの顔写真が紙面に掲載されている。
犯罪者にでもなったような気分だった。
クレイス自身、写真を撮影したのは、昔、ヒノカと一緒に魔道具の転写機を使って撮ったことがあるツーショットチェキくらいしかない。しかし、チェキに刻まれたズッ友の誓いは脆くも崩れ去った。とはいえ、まさかそれが流出しているわけでもあるまい。
そもそも3人の【聖女】が一堂に会することなど異例である。
記事を読むと、どうやら【聖女】揃い踏みで共同会見が行われたらしい。
記事によると、神託によってクレイスのことを知ったと書かれている。
だいたい神託とはなんなのか? 女神ミトラスが直接【聖女】に話しかけているのか、神託と言えば聞こえは良いが、実はその真実を知っている者は存在しない。
神に余計なお世話だと毒づくが、なんとも無駄な抗議だった。
どうやら魔王討伐には、クレイスの力が必要らしいといったような内容だが、そんなことを言われても困る。
(勇者パーティーの選定? 何故俺がその責任を負う必要がある?)
魔族という種族が存在している以上、それらを束ねる魔王も存在している。
過去の歴史を紐解けば、まるで宿命のように長きに渡り魔王と勇者は争い続けてきた。
しかし、そこに疑問が残る。
【勇者】はギフトだが、魔王はギフトではない。
魔王は単に魔族の代表者である。
魔王が魔族の中から選ばれるのなら、勇者も人間の中から選ばれるのが本来あるべき形ではないか。にも拘らず、実際には【勇者】を選ぶのは女神によるギフトだった。
そして、その魔王を討伐するべくパーティーの選定をクレイスが行うのだという。
不気味な世界観だった。
つまるところクレイスが力を経て辿り着いたこの世界の本質とはこうだ。
全てが他力本願。
魔王を倒す為のパーティーを選定すれば、パーティーに選ばれた人物は勝っても負けても多大な犠牲を払うことになるだろう。傷つき過酷な運命に巻き込まれることになる。
しかし、それで良いのだろうか?
選ばれし者達だけが犠牲になり、それ以外の多くは自分には関係ないと気にもしない。
その責任の全てが個人に依存している。
誰かに責務を押し付け、その責任もまたクレイスに押し付けられている。
神の代行者、女神の御使いなどと大仰な名前を付けられているが、結局はあらゆる問題を押し付け解決を図ろうとする人身御供でしかない。
もし本当に魔王が人間の敵なら、何故誰もが無関心でいられるのか。
各国全てが協力し、人類全体として抗う相手ではないのか。
繰り返されてきた【勇者】任せの魔王討伐。
それはまさに質の悪いお伽話としか言えないものだった。
「勝手にやってくれよ……俺はそんなことに興味ないんだ」
クレイスがぼやくのと同時に、テーブルにはパスタが運ばれてきた。
◇◇◇
ペルンのギルドに足を運ぶと大歓声で迎え入れられる。
「おいドラゴンスレイヤーが来たぞ!」
「あれが噂の……」
「今日はいったいどんな非常識を見せてくれるのかしら!」
「っていうか、あの人、新聞に載ってなかった?」
赤い重装甲を身に付けた大柄の男が破顔しながらこちらに向かってくると、自己紹介を始める。
「クレイス、俺は【レッドクリフ】のリーダーをやってるジョン。一応これでもAランクだ。これからよろしく頼む。他のメンバーは今不在だが、仲良くしてくれよ」
フハハハハハと、面白い笑い声を挙げながら握手を求めてくる。
見かけ通りの豪快な男のようだ。
「俺はこのギルドに来たばかりだ。街にもまだ慣れてない。なにかあれば頼らせてもらおう」
「お前さんのような冒険者に俺が教えられるようなことなんてないと思うがな。これもなにかの縁だ。遠慮なく頼ってくれ」
仲間が欲しいわけではないが、社交辞令で話を合わせる。
と、クレイスを見つけたテイルが慌てて駆け寄ってくる。
「クレイスさん良かった、聞きたいことがあったんです! クレイスさんってもしかして例のアレですか!?」
「例のナニかは分からないが、とりあえずノーコメントで」
ギフトのことを言っているのだろう。
聖アントアルーダ教会が何を考えているのか分からないが、どのみち、あれだけ大々的に発表されてしまった以上、隠し通すことも難しい。すぐに自分のことは知れ渡るだろう。
だが既に世界は大きく動き出している。
クレイスはこのとき、まだ自らの存在を甘く考えていた。
しかし、クレイスは知らない。
世界中で【天の聖杯】を巡る大きな激動が起ころうとしているとは――。
そして、世界も知らない。
クレイスは【天の聖杯】を巡る大きな激動などどうでもいいことを――。




