第21話 冒険者ギルドにありがちなこと:突然のドラゴンスレイヤー
アンドラ大森林を流れる大河ソーレンフィート。
複数のダムが建造され、飲み水の供給や雨季には洪水を防ぎ氾濫を抑える機能を有している。
その巨大河川の下流にペルンという街があった。
クレイスはペルンの冒険者ギルドに足を運んでいた。
ドラゴンの死体を買い取ってもらう為である。
ブランデンのギルドには遺恨があるが、さりとて冒険者ギルドそのものと敵対しているわけではない。何よりギルドは情報の集積装置としての側面を持っている。大なり小なりあらゆる情報がギルドに集まり、それらが冒険者達に共有される。
大陸全土にまたがる冒険者ギルドのネットワークこそが組織の強みだった。
ギルド全体を統括するのは中央ギルド本部だが、その権限は限定的であり、そもそも中央ギルド本部とは、ギルド間の調整、他組織との折衝、各支部への予算配分、不正調査など、一般の支部と全く異なる役割を担っている。
何らかの事態が発生した場合、状況によっては中央ギルド本部へ指示を仰ぐといった手間を掛けることで事態が手遅れになる可能性もある。加えて本部にいる人間が、当事者でもないのに現場の判断を下すことは困難である。その為、各ギルドのギルドマスターには絶大な権限が与えられていた。(最も事後報告や経過報告などは随時求められる)
クレイス自身も、そんな冒険者ギルドの有用性を否定するものではない。
「魔物を買い取って欲しい」
受付嬢に声を掛ける。
真鍮製の細い眼鏡を掛けた如何にも知的そうな女性だった。
「あら? お見掛けしない顔ですね。新人冒険者の方ですか?」
「まぁ、そんなところだ。道中で魔物を狩ってきたので買い取って欲しい」
正午過ぎ、朝の弱い冒険者達がギルドに集まり始める時間でもある。
ブランデンのギルドより小さいものの、アンドラ大森林に近いこともあり、依頼の絶えないベルンのギルドもまた活況を呈していた。
「受付嬢のテイルです。これからよろしくお願いしますね」
「よろしく頼む」
雰囲気とは裏腹に柔和な笑みには安心感がある。
冒険者ギルドの受付嬢は人気職、花形である。冒険者達から求婚されることも多く、献身的にサポートする受付嬢に絆される者が後を絶たない。彼女もまた、そんな就職戦線を勝ち抜いたエリートであることは疑いようもなかった。
「ふむ。それにしても、こんな時間に魔物を持ってこられるというのも珍しいですね? いえ、なんでもありません。余計な詮索でしたね。では査定致しましょう。で、その魔物というのは?」
「ドラゴン」
「はい?」
ぱちくりと、目を瞬かせる。
「だからドラゴン」
クレイスは、時空鞄からブルードラゴンの頭部を取り出した。
巨躯を誇るブルードラゴンはそのままだと面倒なので、部位ごとに幾つかに解体している。血抜きを行い、そのまま持ち込めばより高額に引き取られるかもしれないが、別に金銭に困っているわけでもない。
だいたいやろうと思えば【偽札鋳造】のギフトで無限に生み出せてしまう。言うまでもなく犯罪だが、今となっては誰も自分を捕まえられないだろう。やりたい放題だった。
「残りはここだと置ききれない。解体場の方に――」
わなわなと、テイルがクレイスとギルド内を見渡す。
既に何事かと、他の冒険者達から大きな注目を集めていた。
「でたあああああああああああああ! ついにうちのギルドにも! いきなりドラゴンを狩ってくる系新人冒険者きたあああああああああああ!」
「あ、あれがギルド都市伝説の!?」
「おいおい、マジで実在したのよ……」
「って、アレはブルードラゴンじゃねーか! ブラックドラゴンの次に強いドラゴンだぞ!」
「色仕掛け、色仕掛けすれば良いのね!? でも、今日の下着はベージュなんだけどイケるの私!?」
一瞬でギルド内がざわつき出す。
何を言っているのか分からない発言が飛び交っていた。
何故か、テイルがワクワクしながら期待のこもった眼差しをこちらに向けている。
これは、まさか……アレを言う流れなのか。
一度、ため息を吐くと、クレイスは息を整えた。
「俺、なんかやっちゃいました?」
「お約束の台詞言ったぁぁぁぁぁぁぁあああ! 本物よぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおお!」
これも一種のお約束である。
ペルンのギルドに拍手喝采が沸き起こった。




