第19話 世にも恥ずかしいギフト
「なんという愚かなことをしてくれたのですか!」
話を聞き終えたミロロロロロは激高していた。
その聖女の憤慨に、護衛として付いてきた帝国騎士含め全員が冷や汗を流している。
「申し訳ございません! せ、聖女様、クレイスにいったい何があると言うのですか?」
「折角、ダーリンに会えると思っていましたのに……」
ミロロロロロがぼそぼそ呟くが、その内容は意味不明だ。
「ダ、ダーリン……?」
「こほん。それはよいのです。仕方ありません、お話ししましょう。直に明らかになる話です。そしてこれは【聖女】3人が共に神託により知り得た話であり、教会の意向そのものであることを肝に銘じておいてください」
そしてミロロロロロは、ゆっくり語り始める。
「皆さんはクレイス様のギフトが何かをご存じですか?」
マイナが真っ先に答える。
「確か【聖杯】というギフトです。クレイスさんもその力を良く分かっていませんでした。私も一度調べたことがあるのですが、過去に同じギフトが確認された記録はありません」
ミロロロロロは満足げに頷く。
「そのギフトは我々が授かるものと根本的に異なる性質を持っています。【天の聖杯】とは“ギフトを授けるギフト”なのです」
「……ギフトを授けるギフト?」
ピンと来ないのか、全員の頭上に疑問符が浮かんでいる。
「お分かりになりませんか? ギフトを授けるギフト。【聖杯】、そのギフトを持つクレイス様は、他者にギフトを授けることが可能なのです」
一様に驚愕で目を丸くする。
誰もが同じ反応を示していた。
それは聞いている方が恥ずかしくなる失笑ものの話だった。
ここ数年、冒険者達の間で流行っている無双系冒険者が活躍する架空小説でもあるまいし、そのようなご都合主義の極みとかしか言えないギフトなど噴飯ものの戯言でしかない。
「クレイス様のお力があれば、そこにいる出来損ないの【勇者】ではなく、真にその力を望む者に【勇者】のギフトを授けることが出来ます。勿論それは【勇者】だけではありません。この世界に存在するあらゆるギフト、過去に失われたギフト、まだ誰も知らないギフト、文字通り全てのギフトであり、【聖女】も例外ではありません」
ミロロロロロの話は荒唐無稽な冗談にしか聞こえなかった。
なんら聞く価値のない一笑に付すような馬鹿げた与太話だ。
それを語っているのが、ミロロロロロという聖女でなければだが。
「先程のタイラントウルフ、アレは恐らくクレイス様が状況を打開すべく自らに複数のギフトを授けたのでしょう」
動揺の色を隠せず、ロンドが割り込んでくる。
「待て! 自分にもギフトを授けることが出来る……それに複数だと!? 俺達は生涯に1つしかギフトを持てないはずだ!」
ミロロロロロはロンドを嫌っているのか、あからさまに馬鹿にしたような視線を向ける。
「他者にギフトを授けることが出来るのであれば、何故自分に授けることが出来ないと考えるのです? 余程自分に授ける方が簡単なのではないですか? そもそも私達人間が“ギフトを1つしか授かることが出来ない”と、誰が決めたのです?」
「ですが、ミロロロロロロロロ様。過去にギフトを2つ以上授かった例はありません!」
マイナの反応は尤もだが、ミロロロロロの額に青筋が浮かぶ。
「間違えんなって言ってますでしょ! 学習能力がないのですかアナタ方は! はぁ、いいですか。私達がギフトを1つしか授かれないのは、その機会が一度しかないからにすぎません。仮に洗礼の儀が二度三度あれば、我々もギフトを複数授かることが出来るのではないですか?」
「だいたい【王紋】という例もあります。特殊な例ですが、あれも本来はギフトです。ギフトが1つしか授かれないというのは誤りと言えるでしょう」
「そしてクレイス様には、そのような制限は何ら存在しないのです。10個でも100個でも望むままにギフトを授けることが可能でしょう。「汝、力を欲するか?」がやりたい放題です。そんなのもうどうしようもないではありませんか。私達、教会はクレイス様を女神ミトラスの代行者、神の御使いとして認定し、全面的にその意に従うことを決定しました。恭順を示し、ひたすら迎合して媚びを売りまくります」
ミロロロロロはキッとローレンスを睨みつける。
「クレイス様が、ギルドを敵だと認定したのであれば、教会は今後一切ギルドへの協力を致しません。重々承知してください」
慌ててローレンスが口を開く。
「お待ちください! ミロロロロロ様、それは困ります!」
教会に所属する司祭や神官達は回復魔術に優れている。重症や呪いを受けた冒険者が教会に運ばれることも多い。また冒険者ギルドは各種ポーションを教会から仕入れていることもあり、繋がりの深い組織である。その教会からの支援がなくなれば、冒険者ギルドが崩壊しかねない。
「本来であれば逆らった者達は全員罪に処したいところですが、独断で勝手に我々が手をだすわけにも参りません。とはいえ、どのみちギルド中央本部へは報告させていただく必要がありますわね」
ミロロロロロが騎士の一人を手招きし伝言を伝えると、その騎士は慌ててギルドから駆け出していく。
「いいですか、愚かなギルドマスターローレンス。最早、貴方の首を差し出せば片付くような問題ではないです。愚かな【勇者】、ここにはいませんが愚かな【剣聖】もです。いずれ愚かな行為の落とし前を付ける必要があるでしょう」
「【勇者】の俺が愚かだと? あんな奴にそんな力があるわけないだろ!」
ロンドが反論するが、ミロロロロロの話が事実であるなら、あらゆるギフトの価値は大暴落することになる。【勇者】だからといって特別な価値を持つ存在ではない。今後、幾らでも量産型に成り下がる。
「アナタはこれまで何を聞いていたのです、愚かな【勇者】。アナタのようなギフトを授かるに相応しくない者がいるから、こうした事態が引き起こされるのです。この世界で特別な存在などいません。私達は仮令どのようなギフトを持っていようと代わりが存在するのだと弁えなさい」
それは、これまでこの世界の価値観を形作ってきた法則そのものを破壊する話だった。世界そのものを真っ向から否定している。聞けば聞くほど真に受けるのが馬鹿らしい世迷言だが、目の前の現実がそれら全てを肯定していた。
「そもそも私がここに来たのは、魔王討伐のパーティーに入れて頂くつもりだったからです。折角、【聖女】同士のキャットファイトを勝ち抜きここまで来たというのに。クレイス様がいないのであれば、どうしようもないではありませんか。ぷんぷん」
「もう一度ハッキリと言っておきます。いいですか、アナタ方の愚かな行為により、もし仮に協力が得れなくなったとするなら――――」
「ぶっちゃけもう人類は終わりです」




