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第17話 聖女の来訪

「……間違いありません。全てタイラントウルフの死体です……」


 マイナが重苦しく口を開いた。

 打ち捨てられた死体の合計は23体。


 眼前に広がる異常としか言えないその光景は現実感がない。

 ギルド職員総出で確認したが、それら全てがタイラントウルフの死体であることは間違いなかった。


「馬鹿な! じゃ、じゃあこれを全部クレイスがやったっていうのか!?」


 ローレンスもこの状況をどう判断していいのか困惑を強めていた。

 1体でも倒すことが困難とされる討伐ランクAの魔物を1人で23体も倒すことが出来るなどと到底信じられるものではない。


「ありえねぇ! あんなゴミにこんなことが出来るわけが!? 誰かが助けたんだ!」


 最早取り繕うことすら忘れてロンドが口走る。

 切断面が綺麗だったこともあり、上級回復魔法(ハイヒール)によって、ロンドの左腕は一応くっつくまでにはなっているが、完全回復には時間が掛かるだろう。


 だがなによりも周囲がロンドに向ける視線は、嫌悪と侮蔑に満ちていた。


「では、誰が助けたというのです? このエリア付近にあなた方以外のSランクパーティーはいなかった。こちらが要請する前に、他から討伐隊が編成され送られていたという記録もない。状況を考えれば、これをやったのはクレイスさん以外に存在しません」


 そもそも仮に協力者がいたとしても、これだけの数を討伐することなど不可能だろう。それほどまでに常軌を逸した事態が起こっている。


 マイナは底冷えするような悪寒を感じていた。

 自分の価値観、世界の常識、それらが一変してしまったかのような疎外感。


(何が起ころうとしているの……クレイスさん、貴方は何をする気なんですか?)



「こんなこと……人間の仕業じゃない……」


 ローレンスが慄くのも無理はない。

 何故ならタイラントウルフは、あらゆる手段をもって殺されていた。


 斬首された死体、穿たれた死体、何かに磨り潰されたものもあれば、全身をズタズタに引き裂かれたもの、押し潰されて圧死しているものもある。或いは魔法で燃やされたであろう焼き爛れた死体や凍らせて絶命させたもの、毒だろうか、体中からドス黒い体液を漏らして死んでいる死体もある。あまりにも異常、あまりにも異質、とても一人の所業とは考えられない。


 ローレンスは早くも後悔していた。 

 クレイスを責め立てるような発言をしてしまったのは、【エインヘリアル】というギルドの大看板を守りたかったからである。冒険者ギルドにとって有能なパーティーの確保は死活問題に直結している。


 ブランデンの街の冒険者ギルドは周辺地域に対して比較的大きな影響力を持っている。そこには【エインヘリアル】というSランクパーティーが拠点としているということも理由の一つとしてある。故にブランデンのギルドには応援要請なども多く届くし、協力関係にある魔道院や教会といった組織からの支援も厚い。


 大陸でも屈指の【勇者】と【剣聖】という選ばれしギフトを持つパーティーがいる恩恵は計り知れないものがあった。ローレンスは【エインヘリアル】がいずれ、大陸最高のパーティーと呼ばれることになるだろうと確信していた。


 だからこそクレイスなら抜けても問題ないと思ってしまった。


 もともと【エインヘリアル】はクレイスとヒノカで結成したパーティーだったことは知っていたが、そのクレイスを追い出して【エインヘリアル】を守ろうとした結果、ローレンスの目の前で一瞬にしてパーティーは瓦解してしまった。


 ヒノカはロンドを斬りつけ出て行ったきり戻ってこない。あれだけのことをしてしまえばもう帰ってはこないかもしれない。これだけ崩壊したパーティーが元通りの姿に戻るなど考えられない。


 そして、この事態だ。

 もし、本当にクレイスがこれだけのタイラントウルフを1人で倒したのだとすれば、それは【エインヘリアル】というパーティーの力すら遥かに凌駕していることになる。


 クレイスに、お前には価値がないと言った自分の言葉を苦々しく思い出す。


 そもそもロンドを【エインヘリアル】に斡旋したのは自分であり、間接的にこの事態を引き起こしたのは自分なのだ。【剣聖】がいるパーティーに【勇者】を引き込むことで盤石にしたかった。


 だがそれによってクレイスは殺されかけ、パーティーは崩壊し、生きて帰ってきたクレイスにお前は邪魔だと言ってしまった。 

 


(私は……クレイスに殺される……)


 

 恐怖に手が震える。

 しかし、一度吐き出してしまった言葉はもう取り返すことが出来なかった。


 アンドラ大森林の異常。タイラントウルフの大量発生。仲間殺し。Sランクパーティーの崩壊。死んだと思っていたクレイスの帰還。そしてそれを一蹴した愚かな自分。挙句の果てには、目の前に積み上げられている死体の山。


 事態はとうにローレンスの理解力を超えていた。地方のしがないギルドマスターである自分にはどうしようもない。何から手を付けていいのかすらも分からない。


 そんな堂々巡りの思案を中断させたのは、思わぬ来訪者だった。

 


 ――長い夜は、まだ終わらない。



◇◇◇



「ダーリン……じゃなかった、クレイス様! クレイス様はいらっしゃいませんか?」


 場違いな甲高い声がギルド内の重苦しい空気を打ち破る。

 底抜けに明るい声と共に、満面の笑みを浮かべたプラチナブロンドの女が入ってきた。緩やかにカールの巻かれた髪がふわふわと揺れている。そして、その女の後ろには何名もの騎士が追従していた。


 ギルド内の視線が突然の乱入者に集中する。


 その人物には見覚えがあった。

 恐らく誰もが一度は見たことがあるであろう大陸屈指の有名人。



「ミロロロロ・イスラフィール……?」



 誰かが、その来訪者の名前を呟く。


 聖アントアルーダ教会の最高位。

 このような場所にいるはずのない、遥か高みに位置するその人物。



 それは、大陸で3人しかいないはずの【聖女】だった。

誤字脱字報告本当にありがとうございます。好き

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